「わさびの神が降りてきた」わさびを愛する山本食品社長が語る「わさびと水」
日本由来の作物であり、日々の食卓に欠かせない「わさび」。実は水のきれいな場所でしか育たない、非常にデリケートな植物なのです。
そんなわさびを愛し、わさびの魅力やおいしい食べ方などを積極的に発信されているのが、株式会社山本食品の山本豊さん。わさびにとってきれいな水がどれだけ重要なのか、そして本当においしいわさびの食べ方などについてうかがいました。
トップの画像は「わさびチャンネル」に出演する山本社長。(写真提供:山本食品)
わさび生育の3大ポイント「水温・水質・水量」
- 水と暮らす編集部
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わさびはとても繊細な作物だとうかがったのですが、わさびの生育に重要なポイントは何でしょうか?
- 山本さん
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わさびの生育は「水」が命です。スーパーなどで売っている生わさびは、根っこではなく「根茎(こんけい)」という茎の部分なのですが、この根茎をいかに太く育てるかが重要になります。
わさび生育に大きく影響する要素は、水温、水質、水量。さらに付け加えるなら、酸素量と水流です。
まず、伊豆のわさびには水温12℃から13℃が適しているといわれています。水温が16℃以上になると、水中の酸素量が欠乏して育成に障害を起こし、18℃を超えると害虫が付きやすくなるんです。
水質は中性から弱アルカリ性が適していて、有機物を含まないのが重要です。例えば鉄分や硫黄などを含んでいると、わさびはしっかり育たなくなってしまいます。
- 水と暮らす編集部
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12℃から13℃のきれいな水環境が大切なのですね。次のポイントも教えてください。
- 山本さん
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水量は季節によって変動があってはいけません。わさびは他の作物に比べて多くの酸素を必要とする植物で、十分な酸素がないと生きていけないんです。
わさびは水中から酸素を取り込みます。それで重要になってくるのが、水流。伊豆では山に段々畑を作る「畳石式」でわさびを生育しています。
段になったわさび田の上から水が流れると、段の横に小さな滝が生まれ、そこから水流が生まれますよね。そんな仕組みを利用して、わさびが十分な酸素を取り込めるようにしています。わさび田全面が水深2㎝の水に浸かり、秒速20㎝で水が流れている。これが理想の生育環境ですね。
- 水と暮らす編集部
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伊豆のわさびは高級品として有名ですが、どの辺りで育てられているのでしょうか?
- 山本さん
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わさびの最高級品種といえば、伊豆天城産の「真妻(まづま)わさび」。伊豆半島の中央に広がる天城山のふもとは、わさび作りに適したベストな環境が整っています。そこで1年半から2年ほどかけて、立派な真妻わさびが育てられているんです。
チューブわさび=本わさびではない⁉
- 水と暮らす編集部
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山本食品で販売されているような本わさびは、よくあるチューブのわさびとどのような違いがあるのでしょうか?
- 山本さん
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そもそも原料が違います。スーパーなどで売られているチューブわさびや、刺身などについてくるパックわさびの原料は、「ホースラディッシュ」という、西洋わさびが多く使用されているんです。
また「本わさび使用」「本わさび100%」などと表記されている商品には、規定の割合以上の本わさびが含まれています。ただその中身が、わさびの根茎だけとは限りません。わさびの葉や根だってわさびですから。つまりチューブわさびやパックわさびと本わさびは、そもそもの品種や中身が違います。
こうした違いが世の中に知られていないのは、私たち本わさびの生育や販売に関わっている者が、世にアピールしてこなかったからだと思うんですよね。だから私は今、多くの方にわさびの良さを知っていただけるよう、さまざまな活動を行っているんです。
- 水と暮らす編集部
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具体的にはどのような活動をされているのですか?
- 山本さん
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一例ですが、もともと本社の近くに所有していたわさび専門のショッピング施設を改装して、「伊豆わさびミュージアム」にしました。実はこの中では、本来天城山の中でしか見られない「わさび田」を室内に作り、あのデリケートなわさびを室内で生育しているんです。
- 山本さん
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この室内わさび田の開発は、本当に苦労しました! 結果的には、富士山の水をふんだんに使い、人工的に水流が起こるようなしかけを作って、生育環境が自然に極力近づくようあらゆる工夫をして。苦心のかいあって、工場内ではしっかりとわさびが育っている様子が見られます。ぜひ足を運んで見ていただけたらうれしいです。
- 水と暮らす編集部
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わさび田はふだんなかなか見られないので、貴重ですね!
- 山本さん
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この室内生育のノウハウが蓄積されれば、将来的には各家庭でわさびを育てられるようになるかもしれないですよね。あの高価な本わさびがキッチンの横に植えられていて、「今日はお刺身だからわさびをすろうかな」と、気軽に採ってわさびをする。
そうやってみなさんが気軽にわさびを食べられるようになれば、わさびの良さがもっと広がると思います。
「WASABI」が世界中で愛される日のために
- 水と暮らす編集部
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本わさびは「薬味おろし」ですって食べると思うのですが、すり方にコツはありますか?
- 山本さん
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結論からいうと、わさびは薬味おろしですっても本来の辛さを引き出せません。わさびはとにかく細かくすって酸素と混ぜることで、真の辛みが出ます。家庭にあるような薬味おろしやおろし器だと、粗いままなんですよね。
本わさびを頻繁にする高級寿司店などでは、サメの皮膚を貼り付けた「鮫皮おろし」を使用しているので、おいしくすれます。しかし鮫皮おろしは高価だし管理に手間がかかるので、各家庭で購入するのは難しいでしょう。
どうしたら各家庭でもおいしい本わさびを食べられるのか。そう20年考え続けていたんですが、ある日金属加工の町工場と出会ったのをきっかけに、鮫皮おろしを超えるおろし器を金属で作ることになったんです。
そして300種類以上試作品を作り、1年以上試行錯誤した結果生まれたのが、この「鋼鮫(はがねざめ)」。
- 水と暮らす編集部
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「わさび」の文字ですれるんですね!
- 山本さん
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この文字、ジョークじゃないんです。いかに空気を含ませながらわさびを細かくすれるかを検証したら、「C」の形に刃の目を立てたら良さそうだとわかりました。
だったらさまざまな方向にCを配置したらいいんじゃないかとデザインしていたら……。わさびの神が降りてきたの(笑)。わさびをするには「わさび」の文字が一番適していた。すごいですよね。
鋼鮫は某有名寿司店が「これはすばらしい!」と言ってくださったのをきっかけに、今では全国のお寿司屋さんから注文されるようになりました。各家庭でも使えるサイズも販売しているので、ぜひご家庭にも普及してほしいです。
- 水と暮らす編集部
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では最後に、今後の展望をお聞かせください。
- 山本さん
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私が社長に就任した約20年前は、わさびは「ジャパニーズ・ホースラディッシュ」と呼ばれていました。でもわさびの学名は「ワサビアジャポニカ」。れっきとした日本由来の作物であり、日本古来の唯一のハーブなんです。
すでに世界ではわさびの良さが伝わっていて、わさびは「WASABI」と表記されるようになり、わさびフレーバーのお菓子や加工品も増えました。だからこそ今後は、日本の食卓でわさびが気軽に使われるように、わさびの良さを広めていきたいですね。
2020年からはYouTubeで「わさびチャンネル」を開設し、わさびのおいしい食べ方やすり方などを積極的に発信しています。また本わさびを加工した商品も人気で、「わさびオイルふりかけアヒージョタイプ」や「わさび屋がつくったわさびマヨネーズ」はテレビの人気番組でも取り上げられました。
私のモットーは「成功の反対は失敗ではない。何もしないこと」。これからもわさびの魅力を伝え続けていきます。日本の家庭でもっと、本わさびが気軽に食べられるようになったら幸せですね。
まとめ
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山本食品の山本社長。おもしろくわかりやすいお話で、わさびの魅力を存分に伝えてくださいました。
私も鋼鮫を使用して本わさびをすってみたのですが、驚くほどクリーミーなわさびが、簡単にすれました! 各家庭で本わさびを気軽に楽しめる日は、そう遠くないかもしれません。