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大雨時の「緊急放流」とは? 天竜川ダムの治水とダムツーリズム

2021.07.12

みなさんの「水と暮らす」生活を支えているのがダムです。近年、局地的な大雨が起きた際に「ダムから緊急放流するので注意してください」と報道されるケースを見たことがありませんか。じつは、ダムの緊急放流には重要な意味があるのです。

今回は治水、そして新たな魅力として注目される「ダムツーリズム」について、長野県にある国土交通省の天竜川ダム統合管理事務所の岡本 明(おかもと あきら)さんにお話をうかがいました。

トップ画像は放流の様子。(出典・天竜川ダム公式)

小渋ダム。(写真提供:Wikipedia)
水と暮らす編集部

天竜川ダム統合管理事務所さんで管理しているダムの目的は、基本的には治水ですよね。

岡本さん

はい。昭和36年に非常に大きな洪水が起きております。天竜川は太平洋に流れていくんですけど、この天竜川が非常に昔から災害が多い川でして。

水と暮らす編集部

小渋ダムと美和ダムはかなり大きな役割を担っているダムなんですね。

岡本さん

この地域の人たちからすると、昭和36年の災害というのは、非常に大きなインパクトになっています。流域全体の被害を軽減させるのが両ダムの一番の目的です。

水と暮らす編集部

ダムはどのようにして、水害から地域を守るんですか。

岡本さん

洪水をダムでカットして、下流に流す量を少なくするという、防災操作を行うことによって水位を下げます。ふだんはダムに入ってきた水を発電などに利用しています。

水と暮らす編集部

大雨になったときは、ダムに貯水する動作を行うわけですね。

岡本さん

そうです。ダムへの流入量が一定量に達するまでは、そのままダムへ入る量と同程度の量を流します。ダムに一定の数字以上の量が入ってくるようになると、洪水調節容量を使って貯水するようになります。

水と暮らす編集部

なるほど。ふだんは洪水のときに貯水できるように「洪水調節容量」を空けているんですね。

岡本さん

操作規則で決められている水位まで貯めます。おおよそ、洪水調節容量を使いきる前に大雨が終わる計算を立てているわけです。

水と暮らす編集部

そして、大雨が終わったら貯めた水を流すというわけですね。

岡本さん

そうです。大雨が終われば、当然ダムに入る量は少なくなりますので、下流の河川の状況を見ながら貯めた水を流します。ダムの容量を空けて、次の大雨に備えるわけです。

豪雨時の「緊急放流」って、どういうこと?

川が濁流した様子。
水と暮らす編集部

最近、とてつもない量の雨が降ったときに「ダムが緊急放流するので注意してください」と、テレビで伝えられるときがあるじゃないですか。あれはどういうことなんでしょう?

岡本さん

われわれは「緊急放流」という言葉を使わないようにしているんですけどね。マスコミによって、文字が短く、イメージしやすいということで使われている言葉です。

水と暮らす編集部

そうだったんですね。実際はどのように呼ばれているのでしょうか。

岡本さん

異常洪水時防災操作」といいます。昨今、大雨が局所的に降るようになっていますよね。洪水調節容量は、流域で降る雨の量をこれまでの経験から確率規模で決めているわけですが、これはその確率規模を超えるような雨が降ると予測されたときに行われるダム操作です。

水と暮らす編集部

最近の雨、ひどいときはとてつもないですよね。

岡本さん

昨今の豪雨では、当初の計画規模よりも大きな水がダムの中に入ってきます。ダムでも精いっぱい水を貯めますが、貯水量には限界がありますよね。その場合は、水を放出しなければなりません。

水と暮らす編集部

そのようなときに「異常洪水時防災操作」を行うわけですね。

岡本さん

そうです。このような場合は、貯水池に入ってくる量と同程度の量を下流に流すようにします。決して、入る量よりも多く放流することはありません。

水と暮らす編集部

テレビで「緊急放流」といわれると、「なんでこんなときに!」と思ってしまいますけど、事情はぜんぜん違うわけですね。

岡本さん

この「異常洪水時防災操作」のときは、すでにダムで洪水調節容量を活用しきっています。限界まで下流が安全な時間を長くしていて、ダムは役割を全うしているんです。

水と暮らす編集部

つまり、ダムが安全を守っている間に、下流の方々は安全を確保しないといけないわけですか。

岡本さん

そのとおりです。「異常洪水時防災操作」に移行するとなった場合、規則で開始の3時間前には下流の沿線の市町村に連絡をすることになっています。その間に「避難指示」などを市町村に出してもらって、安全を確保してもらわないといけません。

「緊急放流」しないとどうなる?

小渋ダム。(出典:Twitter公式アカウント)
水と暮らす編集部

ちなみに「異常洪水時防災操作」(緊急放流)をしないと、どうなってしまうのでしょうか。

岡本さん

ダムがいっぱいになって水があふれると、大変な災害になってしまいます。ダムを越流すると、通常は水が流れないところにも水が流れてしまうのです。ダムの横にある道路が削れてしまったり、甚大な被害が出ます。さらにダムそのものの機能を失ってしまう可能性があります。

水と暮らす編集部

それは怖いですね。「異常洪水時防災操作」に至ったときは、もうダムは限界まで安全を守りきっているという状況なわけですね。

岡本さん

ただ昨今の局所的な雨についてはまた別で、重要な問題です。現状のダムの対策はこれで万全なのかという別の議論があります。

水と暮らす編集部

お話をうかがうとけっこうシンプルな内容ですが、なかなか一般の人でしっかり説明できる人はいないような気がします。

岡本さん

これは私たちの責任でもあるのですが、なかなか皆さんには伝わっていないですね。昔はダムがひっそりとしていて、ダムがあることすらも知られていないような時代もありました。ダムへの理解を得られずに誤解を生んでいる側面があります。

水と暮らす編集部

知らず知らずのうちに、ちょっとした雨でもダムは活躍してくれているわけですね。でも、私たちはそれを知らないから……。

岡本さん

下流の方は、今の水位が雨の降った量だと思いますもんね。

水と暮らす編集部

「異常洪水時防災操作」のときだけ、ダムの話が「緊急放流」という形で出てきますもんね。それで「なんでこんなときにダムを緊急放流するんだ!」という声が出てくるわけか……。

岡本さん

もっとダムの役割について、広報をがんばらないといけませんね。

ダム愛好家に愛される小渋ダム

ダム愛好家から人気の小渋ダム
ダム愛好家から人気の小渋ダム。(出典:天竜川ダム公式サイト)
水と暮らす編集部

近年では、ダムツーリズムに力を入れていらっしゃいますよね。ダムに特化した見学とか。

岡本さん

はい。小渋ダムは、ダム愛好家の方々に特に人気が高いんですよ。

水と暮らす編集部

あっ、そうなんですね。なぜ人気なんですか?

岡本さん

アーチ形状であることが人気が高い一つの理由ですね。また、小渋ダムは特にダムのコンクリートの壁が薄い。全国のものに比べても薄いんですよ。その薄さが人気を集める大きな要因となっています。

水と暮らす編集部

それは「こんなに薄いのに膨大な水を支えてすごい」という意味合いですか。

岡本さん

そうです。ダムの一番てっぺん(堤頂)は道路になっているんですよ。その上に立つと、コンクリートの薄さがよくわかりますよ。

水と暮らす編集部

それは迫力がありそうですね! ダムではどのようなイベントをやっているんですか?

岡本さん

毎年7月下旬は「森と湖に親しむ旬間」として、その時期に合わせてダムの堤体内を開放しています。ナイトツアーをやったこともあります。夜の放流を見るイベントを定員8名でやりました。

水と暮らす編集部

それは地元の方が参加されるんですか?

岡本さん

いえ、長野県にあるダムなんですが、参加者に長野県民が全然いませんでした。なかなか皆さん熱い方ばかりです……。

水と暮らす編集部

ダム愛好家の方々って、かなり熱狂的なんですね。

岡本さん

そういったイベントもやって、ダムがどんなものなのかを発信しています。今では、一般の方向けだけでなく、ダム愛好家の方へ向けたイベントも企画するようになってきていますね。

水と暮らす編集部

「ダムツーリズム」という言葉は、いつごろから出てきた言葉なんですか?

岡本さん

ダムツーリズムという言葉が出てきて、まだ10年もたっていないんじゃないでしょうか。最近では、ダムをこっそり見に行っていた人たちが「ダムかっこいい」「大規模構造物はすごい」と堂々と言えるような風潮になってきました。マニアックなことをやることが一般的になってきたと思います。

水と暮らす編集部

「たしかに、多様性を認める時代ですもんね。大型建造物ファン、ダムのファンがもたらしている良い影響にはどんなものがありますか?

岡本さん

SNSなどでイベント参加を発信してもらっていることで「何かおもしろそうなことをやっているな」と思ってもらえるだけでも、大きなプラスだと思います。ちょっと今度行ってみようかなと思ってもらえるだけでもいいですよね。

水と暮らす編集部

ダムのことを気にする機会が増えると、もっとダムへの誤解はなくなるかもしれませんね。本日は貴重なお話をありがとうございました!

天竜川ダム

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