これからは水の時代!? SSIに学ぶ日本酒を造る水質の重要性とは

2021.07.28

日本酒造りに水はどこまで重要なのでしょうか? 日本酒の成分の約8割が水。そして、日本酒造りには使うお米の30〜50倍もの水が必要とされます。水が及ぼす酒の味わいの違いと、日本酒造りに関わる水の重要性についてSSI(日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会)常務理事で、仙禽(せんきん)の11代目蔵元・薄井一樹(うすい かずき)さんにお話をうかがいました。

元ソムリエで、日本酒の新しいトレンドを生み出すなど、日本酒界を牽引する若きリーダーとして注目される薄井さんに、フランス・ブルゴーニュのワイン醸造家たちにヒントを得た水と酒造りの関係について詳しく教えていただきました。

トップ画像。(写真提供:株式会社せんきん/SSI)

水と暮らす編集部

良い日本酒造りには天然水である湧き水や井戸水が適するので、酒造家はあちこち井戸を掘って良い水を探し求めたと言い伝えられていることもあるようですが……。

薄井さん

昔は蛇口をひねれば水が出てくるようなことはありませんから、必要な水はどこかにくみに行かなければならなかったわけです。従って、川の近くや、地下水が豊富に手に入るような場所に醸造所を作るのが、しごく真っ当だったということですね。

水と暮らす編集部

上下水道が整備される前の水の調達は、とにかく近くで安く手に入ることが重要だと考えられていたのかもしれませんね。

日本酒造りに使われる水は仕込み水と呼ばれますが、洗米時や割水など、工程によってさまざまな使われ方をするそうですね。酒造りの過程で、天然水や水道水を使い分けることもあるのでしょうか。

「せんきん」で、大量の水を使用する洗米作業の様子。(写真提供:株式会社せんきん/SSI)
薄井さん

どのような水をどう使うかは、味を決める目的の他に、まずコストの問題が大きいと思います。地下水を使う理由は、水道料金がかからないという理由も大きいのです。水道水を使えばその分、コストがかさむことになりますから。

水と暮らす編集部

天然水の方がぜいたくなイメージがありますが、コストを考えると必ずしもそうではないのですね。日本は比較的、どこでも豊富に良い水が手に入る国だと思いますが、酒蔵によって、使っている水の質というのはそれほど違うものなのでしょうか。

薄井さん

酒蔵が酒造りに使う水の質は、蔵によってまったく違いますね。

さまざまな地層を通ってきたような地下水は、カルシウム、マグネシウムなどのミネラルが豊富に含まれて、レイヤーがかかっているように感じられる水もあります。

飲むと、ざらつきを感じる水もあります。そうした水は、ざらつきに含まれる甘みや酸味がフックとなって引っかかってくれることで、お酒の味わいが増すのですね。

うちの酒蔵が使っている水のように、どこの地層も通ってきていないような、何のトーンもなくて、川の水をそのままくんできたように感じられる水を使う酒蔵もありますね。

「せんきん」の蔵の付近を流れる鬼怒川。(写真提供:株式会社せんきん/SSI)

水質からお酒造りの設計をする時代に

水と暮らす編集部

水の質は酒造りにどのような影響を与えるのですか?

薄井さん

水の硬度が高くなれば酒が“強く”なるし、硬度が低ければ、ボディが軽くなるのです。

水質によって、目指したい酒質が決まってくるということですね。水質はお米よりも酒の味に関与します現代は水質を見極めたうえで、お酒の設計をする時代になったといえると思います。

水と暮らす編集部

そうなのですか! いずれも昔から一般的に知られていたことなのですか?

薄井さん

いや、全然一般的ではありませんでした。今ですら常識とはいえないですね。水にフォーカスしている蔵というのは、今も多くはないのです。ただし、確実にこの5年、10年はお米じゃなくて水の時代が来ると思いますよ。

水と暮らす編集部

日本酒製造業界に水の時代が到来するのですね! 薄井さんが水の重要性に注目されたのはいつ頃からですか?

 
薄井さん

私たちは、水をテロワールとして提唱しています。

水と暮らす編集部

テロワールというと、ワインの世界でいうブドウ畑を中心とする風土や自然環境要因のことですよね。日本酒にとってのテロワールに水も含まれるということですね。

 
薄井さん

最近、若い造り手や醸造意識の高い酒蔵は、醸造技術やお米の話はほとんどしなくて、水の話ばかりしているのです。日本酒造りに関する技術はある程度出尽くしたし、お米も収穫が早いか遅いかで違うぐらいと、実は原料米が味に直接的に影響する割合は低いということになっています。

ところが水質というのはそうではない、と最近の造り手が気づいてきています。とはいっても1,200社のうち30社ぐらいかとは思いますが。日本の中でも、水質が千差万別で、それが味を決めているということに、ようやく何社か気づき始めてきた時代ということでしょうか。

かつての水に対する概念と現代の醸造家たちの概念はまったく違うと思います。

水と暮らす編集部

薄井さんはいつぐらいから意識し始めたのでしょうか。

 
薄井さん

ワイン造りを意識し始めてから、テロワールやドメーヌ(自社畑を使用し、自社内で製造・瓶詰めまで一貫して行う製造者)という概念に注目してからですね。テクニックではなく、原料に目を向け始めた時代ですから、ここ、5〜10年ぐらいでしょうか。

水と暮らす編集部

日本酒造りには大量の水を必要とするわけですが、水の運搬にはコストもかかりますよね? 水質を重視した酒造りをするためには具体的にどのような工夫をされるのでしょうか。

薄井さん

私たちの蔵が使っている水は、栃木県の中でも硬度が低い水です。

ただ、硬度の高低よりも、カルシウムとマグネシウムがどれだけ入っているかということが重要です。

例えばフランスのブルゴーニュという地域では、土の性質上、カルシウムが多いのです。カルシウムが多い方が、なめらかでエレガントなワインができます。マグネシウムが多い方が、かっちりするというか、骨格がしっかりするワインになるのです。ボルドーワインが、マグネシウムが多い水で育ったワインということになりますね。

同じ硬度の水で育ったブドウでも、土に含まれるマグネシウムとカルシウムの含有量によって、ワインに与える影響がまったく違うのです。

私たちが、ブルゴーニュのワインのような、なめらかできれいな日本酒を造りたいと思えば、カルシウムの含有量が多い水を探して、ローリーで水をくみ上げます。費用がかさむので、酒造り全部の工程に使うことは難しいですが、追い水に使うという考えもあります。発酵の最後の工程でタンクに水を入れることを「追い水を打つ」というのですが、そこでカルシウムの多い水を入れると、最後に非常になめらかなテクスチャーに仕上がり、日本酒のタッチがやわらかくなるということが考えられます。

これからは、われわれも水を選んでいく時代ということになりますね。

「せんきん」の蔵の仕込み水。(写真提供:株式会社せんきん/SSI)
水と暮らす編集部

最後の仕上げで水を変えるだけで味が変わるとは、いろいろと可能性が広がりそうなお話ですね。鉄分が多い水は色がつくからダメだとかは比較的知られていることだと思うのですが、水によって味の違いが出るということも最近研究されているのですか?

 
薄井さん

研究というより、われわれ醸造家の中で議論していて、酒の味を追求している中で生まれてきたことですね。原料の追求や技術の追求が当たり前に行われてきた中で、ある程度他の要素が頭打ちになってきたときに、酒の主原料のうち、お酒は実は米よりも水を使う方が多いわけですから、水質と向き合わなければいけないのですよね。

水ならば無色透明で無味無臭だからみんな一緒ということではないのです。仕上がりに与える影響が大きいということを、もう少し踏み込んで深掘りをして、日本酒の醸造と向き合わなければいけない時代に入っているのです。

鉄分が多い少ないというのは、最低限というか常識の範囲であって、そこはクリアしておかないとどうにもならないレベルの話ですね。

世界で通用する日本酒造りをするために

水と暮らす編集部

日本酒の醸造家さんたちは、みんなで良いものを造って盛り上げていこうという意識が強いのですね。

薄井さん

ワイン造りからのインスパイアが大きいと思っていますね。

水と暮らす編集部

若い方はワインの方を飲まれる方も多いでしょうが、ソムリエというより造り手からの影響でしょうか。

薄井さん

ワインのソムリエが、ブルゴーニュの王様ともたたえられる「シャンベルタン」の説明で、地層や水質の話をするとは思えないので、どちらかというと醸造家でしょうね(笑)。

和食や日本酒が世界基準になってきたのは近年の話ですが、ここ数年で日本酒がかなり輸出されるようになってきました。私たち日本酒の醸造家も、世界目線で日本酒を見なければいけなくなったといえます。

そうすると当然、競合してくるのはワインです。世界中で一番飲まれているアルコールは、ビールとワインですから。ワインを基準にして、飲むシーンを設定し、瓶の容量や運搬数まで設定している国も多いのです。

私たち醸造家も、日本酒の常識だけではものを語れない時代になっています。ワインのプレゼンテーションの仕方や、料理とのペアリングなど見習うべきところはたくさんあります。時に原料と向き合うことについては、私たちは全然かなわない。そこまで考えてなかったのですね。もちろんお米は大事にしていましたけど、良いお米を買いつけてくればよいという時代が長かったのです。

酒蔵のテロワール、つまり風土の中で完結できるような原料の調達というのは、まだまだここ10年以内の話です。まずは米がフォーカスされ、お米が出尽くしたところで、水に行くわけですね。まだ一部の酒蔵ではありますが、そういう流れが起きています。

水と暮らす編集部

ワイン造りにおいても水は重視されているものなのですか?

薄井さん

ワインも原料のブドウがどういった水を吸い上げるかは重要なことです。ブドウの木が植えてある土についてもしっかり語られますし、土の質というのは水が決めますから。間接的ですが、ワインも水の影響を受けているといえますね。

ブルゴーニュのシャンベルタンも、何千年という歴史がある土の層に水がどういう関与をしているのか、カルシウムの量についても調べ上げられているのですね。

日本酒メーカーが貿易でお世話になる中で、ブルゴーニュ産のワインに特化しているインポーターさんがあるのですが、そこと親しくしている酒蔵さんは水の意識が高いと思います。

水と暮らす編集部

今後、水によってさらに進化する、日本酒造りの発展が楽しみですね!薄井さん、どうもありがとうございました!

「仙禽 オーガニック ナチュール」完全無添加で、仕込みの水と同じ水で育てたオーガニック米にこだわる超自然派日本酒。(写真提供:せんきん)

SSI(日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会)

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