よき水、よき米、よき人が織りなす、近江の魅力が凝縮した岡村本家の酒造り
安政元年、彦根藩主から命を受けて以来、ひたむきに日本酒造りを続けてきた岡村本家。鈴鹿山系の豊富な名水が湧き出る滋賀県豊郷町の吉田地区にある酒蔵は、そこだけまるで江戸時代にタイムスリップしたかのように歴史を感じるたたずまいです。
この地で、地元近江にこだわって日本酒造りを続けてきました。今回は、6代目の蔵元であり代表取締役の岡村博之(おかむらひろゆき)さんにお話をうかがいます。
トップの画像は、岡村本家のお酒。(写真提供:株式会社岡村本家)
目次
水は酒造りで何よりも重要。「心臓」のような存在
- 水と暮らす編集部
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岡村本家の創業は何年前ですか?
- 岡村さん
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創業は安政元年(1854年)。今年、167年目を迎えます。もともと彦根藩主(井伊直弼公)から酒造りをするように命を受けたことからスタートしており、彦根藩の領内で酒造りをするのに環境がいいところを創業者が調べてこちらに移住してきました。ここは吉田という場所なんですが、もともとは「善田」と書いていたようで、その名のとおり水が豊富で米作りに適した場所なんです。
- 水と暮らす編集部
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167年前からずっと変わらず酒造りを続けているなんてすごいですね。
- 岡村さん
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今に至るまで、商売を広げたり縮めたりはありましたが、酒造業を続けさせていただいているのはありがたいことですね。
- 水と暮らす編集部
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お水は、鈴鹿山系の伏流水を使用されているんですよね?
- 岡村さん
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うちの酒蔵は、琵琶湖まで8km、山まで4kmという場所にあるんですが、山から琵琶湖に向かって地下水が流れているようで、それを井戸で吸い上げています。水の特徴は弱軟水。飲みやすいけれど深みがあるというか、飲みごたえがあるというか。もちろん、においなどいっさいないんですが、100年かけて湧き出てきた水ですから、私には思いを含めて味わいがあるように感じます。
- 水と暮らす編集部
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お水は、岡村本家さんにとってどのような存在ですか?
- 岡村さん
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酒造りにとって、水は一番大事なもので、心臓みたいな存在でしょうか。仕込みかびん洗いまで、くみ上げたものをそのまま、あらゆるシーンで使わせてもらっています。これが水道水だったら、全部ろ過しないと使えませんし、味も変わります。ここは本当に良水が豊富なんです。近江米産地の真ん中で、周りは田んぼのエリアですが、多くの農家さんが川の水ではなく、井戸水を使っているんです。
- 水と暮らす編集部
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伏流水は稲作にも使われているんですね! 水が本当に豊かな場所なのだと納得しました。
- 岡村さん
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この辺の景色は、私が生まれたころからほとんど変わらないんです。大きな工場もありませんしね。こうやって昔からの自然が残されているからこそ、水も枯れることなくこんこんと湧き出しているのだと思います。
変えるもの、変えないもの。杜氏と共に模索する新しいスタイル
- 水と暮らす編集部
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岡村本家さんでは、昔ながらの製法を生かして酒造りをされているんですよね。それはどうしてですか?
- 岡村さん
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先代の杜氏さんから受け継がれてきた製法とお酒の品質を保つため、使い勝手がいい全自動機械もありますが、今の製法にしています。例えば、酒造りに「搾り」という工程(発酵が進んだお酒を搾って、酒粕と日本酒に分ける)がありますが、当蔵では「木艚袋搾り(きぶねふくろしぼり)」という昔ながらのスタイルを続けています。深さ1mほどの木の箱に、約10kgのもろみの袋を折りたたみながら、2時間半かけて300枚並べていくんですけれど、これはもう大変な重労働なんです。でもそのかいあってやさしいお酒ができるんですよ。
- 水と暮らす編集部
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かがんで重いものを持って2時間半……。考えただけでしんどいです。
- 岡村さん
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私も20代で修業したときに担当しましたが、10枚も並べたら腰が笑って大変でした。そんな重労働を70代の蔵人さんたちが粛々とやっていることにも驚いたものです。この搾りの工程は、今は全自動で袋詰めまでしてくれる機械があるのです。それを使うと無駄なく搾れるのでコストパフォーマンスもいいんですが……。木艚袋搾りで圧をかけすぎない方が、味わいがやさしくなるんです。
- 水と暮らす編集部
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品質へのこだわりから昔ながらの手法を残しているんですね。
- 岡村さん
ただ、「やり方を変えない」と頑固にこだわっているわけではないんです。むしろ、時代に合わせて変えなければならないところはしっかり変えていきたいと思っています。例えば、昔は男性ばかりの職場でしたが、今では女性も多くなってきています。ですから、重い荷物はできるだけ軽くしていくほうがいいんです。残すものと変えるもの、現場をまとめる杜氏と相談しながら決めています。
- 水と暮らす編集部
なるほど。経営者である岡村さんと、現場を統括する杜氏と、二人三脚で時代に合ったスタイルを構築しているんですね。
- 岡村さん
「そうです!」と言いたいところなんですが、園田杜氏に甘えています。もっともっと現場の負担を軽くしていかないといけないなって思っています。
地元主義に転換。原点回帰し土地に根付いた酒造りに
- 岡村さん
今では、酒蔵の10km圏内で生産されたお米だけを使うほど地元にこだわっているのですが、昔は滋賀県の米をいっさい使っていない時代もありました。販売先も関東が9割で地元にはほとんど卸していない状態でした。
- 水と暮らす編集部
ということは、博之さんの代で地元主義に大きくかじを切ったのですね。それは思い切った判断ですね!
- 岡村さん
水と米を求めてここに移ってきた初代の方針に立ち返り、滋賀にこだわろうと思ったんです。家業を継いだ当時、滋賀のお米のみで製造しようと考えたときに、山田錦が滋賀県の奨励品種に入っていなかったため酒造りに使わないと決め、地元主義の方針を貫きました。かつては杜氏制度があり石川県から蔵人さんを呼んでいたのですが、今では滋賀県の人のみで造っています。販売先も関東から地元主体でだいぶ変わりました。
- 水と暮らす編集部
御社のホームページにも記載されていますが、今では滋賀県のたくさんのお店が岡村本家さんの日本酒を扱っていますもんね。地元を代表する酒蔵として、大きな信頼を勝ち得ていることと思います。
逆転の発想で「低精白酒」に着手。今では看板商品に
- 水と暮らす編集部
イチ押しの商品について教えてください。
- 岡村さん
うちのメイン商品は「長寿金亀シリーズ」です。例えば純米造りの生原酒でしたら「黒F20、緑F30、藍40、黒50、緑60、茶70、白80、青90、玄米(100)」と造っています。この数字が何を表しているのかというと精米歩合なんです。100は玄米そのまま、90は10%削って90%のお米で造った日本酒ということです。ちなみに色はびんの色を表しているんですよ。黒F20でしたら、黒いびんに入った、80%削って残り20%のお米で造った日本酒ということです。
- 水と暮らす編集部
なるほど! この数字はそういう意味だったんですね。理解できました。ところで精米歩合って、日本酒の味にどのような影響を及ぼすんですか?
- 岡村さん
精米歩合が低い低精白のものは、一般的な日本酒にはない独特のうま味があるんです。近年は高精白のものが主流となっていますが、40~50年前は80(20%削ったもの)、60年前は90(10%削ったもの)が一般的だったんです。「昔はこんなに米を磨かんかったのに……」と父がぼやいているのを聞いて、「ならそういう酒を造ろう」と思いました。
- 水と暮らす編集部
逆転の発想ですね!
- 岡村さん
ただ、商品化したばかりのころは散々なものでしたよ(笑)。評論家の先生に「低精白なんてありえない!」って言われたこともありましたし、「東京ではすっきり辛口しか売れないんで」と問屋さんもなかなか扱ってくれなかった。でも、「全国に何千ある酒蔵の1つが、時流と違う変わったことやったってええやないか」と思ってやり抜いてきました。
- 水と暮らす編集部
ご苦労があったんですね……。結果的に、岡村さんに先見の明があって、今では低精白の日本酒は岡村本家の顔のような存在になっています。
- 岡村さん
80を出したころからなんとか売れるようになってきました。しかし、低精白の日本酒もおいしく造るのは難しい部分があります。従来の日本酒と同じように造ってしまうと雑味が出てしまうんです。杜氏には米洗いから全工程を見直してもらって苦労をかけました。
- 水と暮らす編集部
杜氏と二人三脚で新しい価値を生み出してきたんですね。
- 岡村さん
低精白は、高精白に比べてお米を削らないのでコストを抑えられる面もあるんです。そうすれば商品の価格も下げられますから、お客さまにとってもメリットがあると思います。味わいは高精白と比べて変わるのですが、すっきりだけではなく、お米本来のうま味や独特の味わいがあり、そこが評価されているのかなと思っています。お客さまにも「低精白でもこんなに飲みやすいんだ!」と言われることが多いです。
- 水と暮らす編集部
岡村さんが一番好きなのはどのお酒ですか?
- 岡村さん
僕は甘めが好きなので、白の80です。人気があるのは、緑60、茶70、白80あたりですね。青の90も変わっていておもしろいですよ。ちなみに100(玄米)を日本酒として初めて造りました。
- 水と暮らす編集部
そうなんですね! 色もとてもワイルドで気になりますし、低精白をぜひ飲み比べてみようと思います。ありがとうございました。