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長野県立美術館グランドオープン記念展「森と水と生きる」の奥深い魅力とは

2021.07.19

日本アルプスに抱かれた信州、長野。雄大な自然のなかで、昔も今も人々は自然と調和しながら暮らしています。
その自然豊かな長野を代表する名刹(めいさつ)、善光寺のほど近くに建ち50年あまりの歴史を重ねてきた「長野県信濃美術館」が、2021年4月、「長野県立美術館」として新たに生まれ変わりました。
8月28日からは、テーマである“自然と一体にある美術館”を、多角的に表現する「長野県立美術館グランドオープン記念 森と水と生きる」を開催。当企画展の指揮を執る学芸課長の田中 正史(たなか まさふみ)さんに、見どころや、展示に込めた想いについてお話しいただきました。

トップ画像は、自然豊かな環境にたたずむ長野県立美術館(写真提供:長野県立美術館)

水と暮らす編集部

特別企画展「長野県立美術館グランドオープン記念 森と水と生きる」(以下、「森と水と生きる」)のタイトルには、どのような意味が込められていますか?

 
田中さん

長野県をイメージしたとき、多くの方は豊かな森と水を思い浮かべるのではないでしょうか。また、当館のテーマは“自然と一体にある美術館”であり、新しく建てられた施設は、善光寺をはじめとする豊かな周囲の環境と調和する「ランドスケープ・ミュージアム」をコンセプト。ですから、それらを象徴するような名がふさわしいのではないかということで、このタイトルになりました。
また、美術館がある箱清水(はこしみず)という地名は、善光寺の名所である「七清水(ななしみず)」が由来となっています。さまざまな意味で、当館は「森と水」に深く関わっているところでもあります。実は、企画を立てた当初は、「ネイチャー&スピリッツ」という仮のタイトルがついていました。ですが、よりストレートにわかりやすく、長野という地域の特色が生かせるよう「森と水と生きる」に着地しました。

水と暮らす編集部

「森と水と生きる」では、時代やジャンル、主義で区切らず、テーマに沿った国内外の著名芸術家の作品が見られるのも新鮮ですね。鑑賞のポイントや見どころを教えていただけますか?

田中さん

「森と水と生きる」は、新しい収蔵方針のひとつである「自然と人間」がテーマです。それをもとに、当館所蔵の菱田春草「伏姫」や、アサヒビール大山崎山荘美術館さん所蔵のクロード・モネ「睡蓮」などを5章に分けて、近代以降の海外、日本の作家が描いた絵画から、写真や映像、インスタレーションといった現代美術まで幅広く展示します。
中でも、チラシにも掲載されている、フェルディナント・ホドラー(1853~1918年)の「木を伐る人」は、岡山県倉敷市の大原美術館さんが、特に「開館記念」だからということで出品してくださった作品です。
ホドラーはスイスの国民的画家で、世紀末芸術の巨匠。自然のもつ魅力を象徴的に表現したことでも知られます。この作品は、それ以前とは違った形で自然や風景を表現しえた作品といえ、象徴主義の画家といわれるように、世紀末の時代を象徴しています。ですから、「森と水と生きる」というテーマでありながら、この絵画によって展示企画がさらに広がる、特別な作品だと思います。

木を伐る人
グランドオープン記念の企画展「森と水と生きる」のチラシにも掲載される「木を伐る人」は、スイスの国民的画家・ホドラーの代表作。(写真提供:長野県立美術館)
水と暮らす編集部

アートを介して、自然と人の関わり方までも透けて見えるというのは非常に興味深いですね?

 
田中さん

ありがとうございます。そういう視点でいえば、栃木県立美術館さんから拝借する英ロマン主義を代表する、ターナー(1775~1851年)の「風景・タンバリンをもつ女」も見逃せない作品の1つでしょう。ターナーは国内でも人気の高い作家で、これは日本にあるターナーの作品で、一番の傑作ではないかともいわれる名画です。時代的には、ホドラーより少し古く、ヨーロッパの自然観がよくわかる作品です。そういった絵画が、日本に来てどう受け入れられたかも考察できます。目の前の絵画から、そういった背景なども想像を広げながら鑑賞すると、より企画展の奥行きを体感していただきやすくなると思います。

長引くコロナ禍の影響で作品の収集にひと苦労

水と暮らす編集部

企画展を開催するにあたり、特に苦労されたことは?

 
田中さん

企画展にふさわしい作品を、他の美術館から作品をお借りすることが年々難しくなっていることを実感しました。
学芸員は企画展を立案し、それに沿って展示の方向性をある程度固めます。そして、その内容にふさわしい作品を選び出し、所蔵品であるコレクションにない場合は他から貸していただけるよう交渉をしていきます。どんな作品がお借りできるかで、企画展全体の趣旨が変わっていくこともありますから、とても重要な工程です。 ですが、近年はコレクションを再発見する、見直すような流れになっています。つまり、コレクションを生かす展示が美術館展示のメインになっているため、「その期間は、展示中なのでお貸しできない」といったやり取りがけっこうありました。さらにコロナの影響で、人や物の移動が難しい状況も重なりましたから、作品集めに苦労しましたね。

水と暮らす編集部

作品を収蔵し保管するのも美術館の大事な役目ですものね?

 
田中さん

ええ。だから、コレクションを見直すことは良いことでもあります。ただ、以前よりいろんな美術館から作品をお借りして大々的に企画展を開催するのが難しくなっているという事態は悩ましいところです。
作品ありきで展示内容を適宜変え、最善の見せ方を考えていくため、あてにしていた作品が借りられないとなると企画全体の再考を迫られることもあります。運良くお借りできたとしても、その作品をより良く見せるベストの展示方法を現場で探っていく作業もあります。前後の作品は何を選ぶか、また置き方によって、作品の見え方ががらりと変わりますから、そこも気を抜けないところです。

睡蓮
印象派を代表するモネのシリーズ作「睡蓮」も企画展を彩る名画のひとつ。(写真提供:長野県立美術館)

アートにふれることで日常が潤い豊かになる

水と暮らす編集部

アートにおける「水」は、どのようなおもしろさがあるとお考えですか?

  
田中さん

水は、人間に絶対に必要で、生活に深く関わっています。液体をはじめ、凍って固体になり、水蒸気で気体になるなど、身の回りで変幻自在に存在する水を、アーティストはどう表現しようかと試みてきました
日本画では、紙をすくときに大量の水が必要で、水がなければ紙すら作れません。絵具を溶くにも水が必要ですから、さまざまなレベルで水と関わっています。逆に、油絵が主流の西洋では、水を使わずに水を表現するため工夫してきました。「森と水と生きる」でも展示されるモネ「睡蓮」は、油彩で水面を表現した代表的な作品ともいえます。普通に行われていることですが、視点を「水」にすると、改めて興味深い気づきがあると思います。

水と暮らす編集部

なるほど。芸術領域でも水は大きな役割を果たしているのですね。長野県立美術館は、この先どのような表現を発信していくご予定ですか?

 
田中さん

長野県立美術館として、それにふさわしい規模や品格を備えた展示を行う予定です。コレクションに関しては、これまでも長野に縁のある作品が主でしたが、戦後の作品が集めきれていないため、そういった世代のものを収蔵し、展示にも力を入れていくことになると思います。
近年、ビジネスシーンでアートやデザイン的な視点が求められるようになりましたが、その一方で、美術の根底を支える美術館はコロナや景気の影響などで厳しい状況に置かれるところも少なくありません。そのような中で、生命力あふれる「森と水と生きる」を開催できることは意義深いことだなと感じています。

霧の彫刻
屋外のアート展示にも注力する長野県立美術館。二度と同じ形にならない霧をアートで表現した「霧の彫刻 #47610 -Dynamic Earth Series Ⅰ-」も企画展の一部となっている。(Photo by Junya Takagi,写真提供:長野県立美術館)
水と暮らす編集部

みずみずしい表現にふれ、鑑賞した人の心まで潤いそうです。

田中さん

そうなるといいですね。当美術館は、無料で鑑賞できる屋外展示にも力を入れています。その1つ、中谷芙二子さんの代表作「霧の彫刻 #47610 -Dynamic Earth Series Ⅰ-」は、水を人工的に霧に変えて見せるアートです。霧は森とも関わりが深いですから「森と水と生きる」にも組み込まれています。 美術館で過ごすひとときは、日々の生活を豊かにするために必要な時間だと思います。こういう状況ですが、できるだけ足を運んでいただき、森や水を感じられる環境で実物をご覧いただけたらうれしいです。

  

まとめ

自然と一体にある美術館をテーマに、2021年4月に再開した「長野県立美術館」。8月28日から、“自然と人間”をテーマにした「長野県立美術館グランドオープン記念 森と水と生きる」を開催。ホドラーやモネ、ターナーといった絵画をはじめ、国内外の名作を多角的に鑑賞できる。

長野県立美術館

<公式HPはこちら>

<「長野県立美術館グランドオープン記念 森と水と生きる」情報はこちら>