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水の神「黒獅子」の伝説が今も息づく、豊かな水のまち・山形県長井市

2021.06.07

山形県の母なる川、最上川に沿うように市街地が広がっている長井市は、まちの至るところに水路や小川が見られる水のまちです。
昔から豊富な水に恵まれてきたと同時に、過去には大洪水などの災害が起こり、水の脅威にもさらされてきました。

人々の水への感謝と畏怖を象徴する水の神「黒獅子」のお話とともに、今回は山形県長井市役所で職員を続けながら、水にまつわるさまざまな肩書きをもち、まちのボランティアガイドとしても活躍されている大羽雅子さんに「水」を通して見えてくる長井の魅力についてうかがいました。

長井市ロゴ


トップ写真:ながい黒獅子祭りの様子
上部ロゴ:山形県長井市ロゴ(写真提供:長井市役所)

神津島の多幸湾三浦港
まち中の川に咲く梅花藻。(写真提供:長井市役所)
水と暮らす編集部

長井市のキャッチコピーは“水と緑と花のまち”ですが、なぜ水のまちなのでしょうか?

大羽さん

まず長井には豊富な地下水がありまして、市の水道水すべてをまかなっています。地下45m以上の深さから取水した水は、ゴミや汚れなどをろ過する必要もなく、消毒をするだけで水道水としての基準をクリアできるほどきれいなんですよ。ちなみに全国的に見ると、消毒だけで水道水にしているところは約17%ほどあります。

水と暮らす編集部

地下水が市民の水道水となって暮らしを支えているんですね。飲み水としてはどんな水だと感じますか?

大羽さん

水の味に影響する要因の一つにミネラル含有量を示す水質硬度がありますが、長井の水道水は、20mg/Lの軟水。砂糖の甘みとは違うのですが、他の水と比べてみると甘みを感じて、私は何となく懐かしいような感じも覚えます。

体にすーっと染み込む感じがするので、夜寝る前に飲む水としてもすごくいいですよ。刺激もないですし、体を休める前にはぴったりだなと思います。

水のエコな活用「入れかわど」

大羽さん

長井の人々の暮らしが水に支えられているのは、現在だけでなく昔からなんですよ。

私たちのいる山形県の最上川には支流がたくさんあるのですが、長井市を流れる置賜野川(おきたまのがわ)は水量が多いので、まちの中に水路を何本にも分けて網の目のように張り巡らせ、市全体に行き渡らせているんです。

水路の水は生活に欠かせない存在で、田畑を潤す農業用水や生活用水にもなっています。また、大雨が降った時に川の水があふれないようにする災害防止の役割も兼ねていたんですよ。

洗剤などが使われていなかった時代には、水路の水を屋内の台所に引き入れて作った“入れかわど”と呼ばれる水場があり、野菜や食器を洗うなどの炊事用に使っていました。

さらに屋敷内の池でコイを飼い、食器洗いで沈んだ残飯などを食べさせて水をきれいにした後ふたたび水を外の水路へ流して、循環させながら活用したりもしたんです。

水と暮らす編集部

水をエコに使いながら、うまく利用していたんですね!

大羽さん

水といえば、最上川を利用した水運は、かつての長井に経済的な富ももたらしました

最上川舟運』が発達した江戸時代には、舟で現在の米沢市にあたる上杉藩へ荷物の輸送を行っていました。長井は、最上川舟運のもっとも上流地点であると同時に、米沢への中継拠点でもあったので、水路近くに商家が多く集まる町場はすごく栄えたんです。

今でも、建物などに当時の面影が残っていて『景観の国宝』といわれる国の重要文化的景観に認定されているんですよ。

水と暮らす編集部

水とともにある長井ですが、水を守る取り組みもされているんでしょうか?

大羽さん

長井市では森を保全するための『不伐(ふばつ)の森条例』を平成元年に全国で初めて定めていて、現在は2ヵ所の森が保存されています。森というのは雨や雪といった水をためる貯水能力があって森を守ることが水の保存にもつながることから、この取り組みをしています。

3つの肩書きをもつ水のスペシャリスト・大羽さん

水と暮らす編集部

いくつかおもちになっている水に関する資格は、それぞれどのようなものなのでしょうか?

大羽さん

まず、『ウォーターインタープリター ながい水の案内人』の養成講座に参加し認定をいただきました。国内外の水事情をふまえつつ、水にまつわる長井の歴史や文化などを学びました。

次に、『ながい黒獅子の里案内人』として観光ボランティアグループに属して長井の歴史的な歩みなどを学び、ガイドをしています。長井に伝わる水にまつわる伝説や歴史的な小話などを説明しながら、川のそばを歩くこともありますよ。

3つ目は、一般社団法人日本アクアソムリエ協会が認定している『アクアソムリエ』の資格を取得しています。ミネラルウォーターに関する知識だけでなく、世界の水不足など社会的な水事情なども学びました。」

水と暮らす編集部

水そのものの知識とともに、文化や歴史など多くの観点から水を学んでこられたのですね! なぜそんなにも水への関心が高いのですか?

大羽さん

長井市役所で水道課で勤務していたとき、全国の水道水や地下水のペットボトルなどを販売し多くの水の飲み比べをしたんですが、確かに感じるそれぞれの水の違いを、どうにもうまく言えなかったんです。

この違いを伝えるには裏付けのある客観的な視点が必要だと思って、さまざまな水の見方を学ぼうと考えたのがきっかけです。

水と暮らす編集部

水にまつわる資格は役に立っていますか?

大羽さん

はい!『ながい黒獅子の里案内人』や『ながい水の案内人』として、ボランティアの観光ガイドをしていますが、長井にとって水は大きなポイントなので、知識があると自信をもって説明ができます。

また、市役所の女性職員の集まりで『アクアソムリエ』の知識を生かして水の飲み比べイベントをしたこともあります。水と美に関することや食事との合わせ方などを紹介したのですが、興味をもつ方が多く盛り上がりました。

長井で外せないキーワード「黒獅子」

ながい黒獅子まつりでの獅子の舞
ながい黒獅子まつりでの獅子の舞。(写真提供:長井市役所)
水と暮らす編集部

『ながい黒獅子の里案内人』の話も出ましたが、長井市には『ながい黒獅子まつり』もありますよね。『黒獅子』とは何でしょうか?

大羽さん

平安時代、東北地方を治めていた武将の娘であるお姫様が、戦いで敵の武将に恋をして謀略にはめられ、それが原因で敵に父親を殺されてしまうのです。

父親を亡くし嘆き悲しんだお姫様は、敵兵から逃れるために野川上流の三淵(みふち)渓谷に身を投げ、竜神になったという伝説があるのですが、お祭りにはそのお姫様が招かれ、黒獅子の姿となり野川を下って雨を降らせると言い伝えられています。

長井では、『黒獅子』は川そのものを表した水の神でもあるので、この祭りは水の祭りでもあるんです。獅子の体の部分である大幕には、水しぶきを表す水玉や波が描かれているんですよ。」

水と暮らす編集部

なるほど、黒獅子は川であり水の神なんですね。ながい黒獅子まつりではどのような神事が行われるのでしょうか?

大羽さん

市内の神社のうちの十数社からそれぞれの黒獅子がまちへ繰り出し、市内を練り歩きます。黒獅子は、何人もの人が入る『ムカデ獅子』といわれる獅子なので、祭りの前には舞手が練習をたくさんするんですよ。

水と暮らす編集部

とても見ごたえがありそうな祭りですね! でも黒獅子はけっこう顔が怖いですね(笑)。

大羽さん

そうですね。とても男らしい感じですが、伝説の黒獅子はお姫様なので不思議な感じですよね。

昔から水は、生活になくてはならないものですが、その反面、人々を脅かすこともたびたびありました。過去には、水害で何度も堤防を破壊され、洪水によって死者がでたり、畑や田んぼも水浸しになったりといった記録が残っています。

それでも昔の人は、水に対して畏れを抱くだけではなくて、水がもたらしてくれる自然の恵みに感謝をしながら、共存しようとしていたと思うのです。そんな長井の人々の水への想いを象徴しているのが『黒獅子』じゃないかと私は思っています。黒獅子抜きにして長井のことは語れないですよ。

水と暮らす編集部

なるほど、長井にとって黒獅子は、水への畏れと敬意を表す存在なんですね。

水を生かした長井の見どころ

三淵渓谷ボートツアー
三淵渓谷ボートツアー。(写真提供:長井市役所)
水と暮らす編集部

長井の水を生かした特産品などはあるのでしょうか?

大羽さん

特産品としては、味噌とか醤油とか、日本酒、豆腐、こんにゃくといった商品があります。水をたくさん使って作られるものなので、長井の水の良さが生かされているんですよ。

また商品だけでなく、体験として楽しめるものもあります。例えばダム湖である『ながい百秋湖』では、遊覧船や水陸両用バスが運行していて、私はガイドとして遊覧船やバスの中で案内をすることもあります。

オススメのスポットとしては、先ほどの黒獅子のお姫様伝説がある『三淵渓谷』が私自身も好きで、絶景なのでぜひ見てもらいたいです。

まとめ

長井では、飲み水や水路の美しい景観など豊富な水の恩恵を享受してきたと同時に、過去には度重なる大洪水で、水が脅威になることもありました。水への感謝と畏れ、両方の想いを投影した「黒獅子」を大切にしているまちの姿から、人々の水への敬意をうかがい知ることができました。

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