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小川町の硬水でおいしさを引き出す。埼玉・松岡醸造の水が生む酒造り

2021.06.01

「酒造りの適地」として知られる、埼玉県小川町にある松岡醸造。ミネラル豊富な天然水で仕込んだ酒造りを長年続けており、代表銘柄「帝松」が有名です。「硬水なのに柔らかい」と評される水と上手に付き合い、時代とともに変化する人々の「味覚」とも向き合ってきました。まさに「水と暮らす」ことを生業にしている企業です。

今回は松岡醸造株式会社の専務取締役である松岡 奨(まつおか しょう)さんに、酒造りと水をテーマに詳しいお話をうかがってきました。

酒造りの様子
酒造りの様子。(出典:松岡醸造株式会社公式Facebook)
水と暮らす編集部

酒造りにとっての水はどれくらい重要なものなのでしょうか。

松岡さん

お酒の原料って、米と米麹(こうじ)と場合によっては醸造アルコールを使いますが、それ以外の水が占める割合って約8割あるんですね。

水と暮らす編集部

約8割! 物理的にはほぼ水なんですね。

松岡さん

原料米の総重量に対し、水を使う容量はその50倍といわれています。水によって、お酒の酒質にも大きな影響が出てくるので、水の良しあしでお酒の良しあしは変わってくるといっても、過言ではありません。

水と暮らす編集部

なるほど。やはりいい水が豊富に手に入ることは、酒造りにとって重要な要素なんですね。

松岡さん

ただ「水の良さ」って、今まではそこまで重要視してこなかったのが実情なんです。

水と暮らす編集部

え、そうなんですか?

松岡さん

私が入社してから水を詳しく分析するようになり、水をうまく活用した酒造りを重点的にやるようになりました。

水と暮らす編集部

以前とは、水の利用方法はどう変化したのでしょうか?

松岡さん

昔から「硬水が酒造りにいいよ」と言われていました。硬水に含まれている豊富なミネラル成分が酵母の発育を促進する作用があるんです。酒化率が高くて、たくさんお酒ができます。

水と暮らす編集部

昔は今ほど簡単にお米が手に入るわけではないから、たくさんお酒になると助かりますよね。

松岡さん

そうです。だから、硬水が重宝されてきました。でも、現在は「たくさんお酒ができるから」という理由とは違う理由で硬水が注目されています。じつは酵母菌って、厳しい環境で発酵させることで、アルコールと一緒にいい香りを出してくれるんです。

水と暮らす編集部

へー! そうなんですか。

松岡さん

やっぱり生き物って、追い込まれたときに本領発揮するんです。火事場の馬鹿力というか。だから、あえて厳しい環境に置くわけです。なるべく厳しい環境で発酵させたい。

水と暮らす編集部

なるほど。発酵を促進できる硬水なら、厳しい環境でも酵母菌を発酵させられるわけですね。

松岡さん

そうです。通常だったら酵母菌が死んでしまうような温度帯でも、硬水なら水に酵母菌の発酵を促進する活力があるので、酵母菌が死ににくいんですね。そうすることで、より香りが出るし、水由来のうまみも出る。

水と暮らす編集部

酵母の特性と水の特性を掛け合わせることが、おいしい酒造りのポイントなんですね。

秩父連山が生んだ鉄をほぼ含まない、めずらしい硬水

鉄をほぼ含まないこだわりの水
鉄をほぼ含まないこだわりの水。(出典:松岡醸造株式会社公式サイト)
水と暮らす編集部

「軟水」が酒造りに適しているともうかがったことがあります。実際はどちらなんでしょうか。

松岡さん

弊社が使っている水は日本ではまれに見る硬度の高さをもっています。ただ、お酒の発酵を阻害する「鉄」が、水の中にほぼないんです。

水と暮らす編集部

「硬水が向かない」というのは、「鉄が入っているから」ですもんね。

松岡さん

鉄が麹と触れてしまうと、赤く変色して、味と香りが大きく劣化します。だから、硬水を酒造りで使うとなると、基本的には鉄を除去する加工を行わないと使えないんですね。でも、弊社の場合は鉄がほぼないので無加工で使えるわけです。

水と暮らす編集部

発酵が促進されるうえに、酒造りに向かない鉄だけが都合よく含まれていないなんて。本当に酒造りのためにあるような水ですね。

松岡さん

日本ではトップクラスの硬水といっても過言ではありません。日本の硬水は鉄鉱山系のものがほとんどなので、非常に珍しい水です。だから、弊社のある埼玉県小川町は人口3万人を下回る小さな町ですが、酒蔵が3つもあるんです。

水と暮らす編集部

どのような背景でこんな酒造りに適した水が生まれているのでしょうか?

松岡さん

弊社の水の源流は秩父です。数十年かけてここにたどり着くまでに、秩父の頃の3倍までの硬度に膨れ上がるんですね。

水と暮らす編集部

3倍! たどり着くまでにそんなに硬度が増すんですね。

松岡さん

秩父から小川町までの間に秩父連山という山が連なっています。秩父連山に武甲山という山があるんですが、ここは石灰岩がとれることで有名なんです。石灰を多く含んだ地表の中を何十年もかけて通ることで、並はずれた量のカルシウムを含んだ水が生まれてきます。

水と暮らす編集部

小川町の水の硬度が高い原因は、秩父連山のカルシウムなんですね。それが、酒造りに良い影響をもたらしていると。飲むとどんな味がするんですか?

松岡さん

硬度の高い水って、けっこう飲みにくいと感じることがありますよね。

水と暮らす編集部

そうですね。喉に刺さるような感じがあって、飲み込みにくいような感触があります。

松岡さん

弊社の水は、飲むと喉に刺さるような硬さがありません。カルシウムが多分に含まれているので、丸みがある味わいです。軟水って、スーッと入っていくような感じがあると思うんですが、ここの水は重厚感があって、飲み応えがあります。

水と暮らす編集部

それはおもしろいですね。ぜひ一度飲んでみたい。やっぱりかなり珍しいですよね。

松岡さん

水に詳しい人が弊社を訪問することがあるんですが「こんな水は飲んだことがない」とよく言われます。

どんなお米からでもおいしいお酒を造る

どんなお米からでもおいしく造る
どんなお米からでもおいしく造る。(出典:松岡醸造株式会社公式Facebook)
水と暮らす編集部

お酒というと「米」のイメージが強かったんですが、水の影響が想像以上に強いことがわかりました。

松岡さん

今は技術進歩の影響もあり、酒米ではない食べるためのお米を使っても、おいしいお酒が造れるようになりました。やはり水の影響が強いので、最近では「どんなお米からでもおいしく造る」ということに重きを置いています。

水と暮らす編集部

どんなお米からでもおいしく造る。ちょっと思っていた方向性とは違う「こだわり」ですね。

松岡さん

時代を経て、これまでは敬遠されていた味も楽しむ人が増えてきました。日本酒は「バランス」が大事なので、酸味が出るようならそれに合わせて、ちょっと辛みや甘みを足していくんです。

水と暮らす編集部

日本酒の楽しみ方にも多様性が出てきていて、それに対応する酒造りが必要とされているんですね。

松岡さん

間違いないですね。お酒の多様性に対応できるほど、酒造りの自由度を生み出しているのがこの水なんです。

水と暮らす編集部

その水を使えるのは、その地の人だけですもんね。

松岡さん

この水だからこそできる独自の味わいを造ろうと思っています。その結果、お客様から「飲んだことがない味わい」とよく言われるんです。中には「帝松味」なんていってくれる方もいます。

水と暮らす編集部

自然の恵みは凄いですね。そのような水質の水が湧き続けていることも奇跡というか。

松岡さん

そうですね。実際、ここ10年で硬度が変わってきています。「何かいつもより発酵するよね」と話していたら、硬度が上がっていました。水の状況を見ながら、酒造りも対応していかないといけません。

水と暮らす編集部

やっぱり酒造りは自然とのコミュニケーションなんですね。酒造りにおける水の重要性がよくわかりました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

松岡醸造株式会社
埼玉県比企郡小川町大字下古寺7-2
公式サイト
https://www.mikadomatsu.com/
オンラインショップ
https://mikadomatsu.shop-pro.jp/