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水なすのおいしさを広めるため、多角的な挑戦を続ける「北野農園」

2021.06.07

大阪を代表する野菜として、全国的に有名なのが「泉州(せんしゅう)水なす」です。水なすの栽培地域が集約する大阪南部の泉州地域は、今や全国最大の水なすの生産地となりました。貝塚市で農業を営む北野農園でも、水なすを栽培しています。北野農園では「高級な野菜」として一目置かれがちな水なすを、毎日の食卓にあがるような存在にするため、水なすについての情報発信や伝統品種の研究など、あらゆる活動を続けています。今回は、北野農園の北野忠清(きたの ただきよ)さんに、水なす作りへのこだわりなどをおうかがいしました。

トップの画像は北野農園の水なす。(写真提供:北野農園)

水と暮らす編集部

なぜ、泉州地域には「水なすの栽培地域」が集約されているのでしょうか?

北野さん

ここまで栽培地域が集約されているのは、この地域特有の風土や商工文化がうまく絡み合った結果です。

江戸時代から「水なすの種」があったこの地域では、時代が進むにつれて、水なす栽培に必要な「ため池」も豊富に使えるようになりました。この地域に豊富にあるため池の水は、かつて、米作りに使うものと決められていたんです。しかし都市化が進むにつれて農地が少なくなり、米作りに水をあまり必要としなくなったため、水なす作りにも水を自由に使える地域が増えました。

また、泉州地域の温暖な気候ほどよく塩分があり砂地質(※1)になっている海に近い土壌は、水なすの栽培に適しています。

※1 上の層が砂で、その下に粘土層がある地質のこと。水をかけると砂地は乾きやすいが、粘土層は水をきちんと保つことができる。強い根を張る水なすにとって、育ちやすい環境

泉州ナスを手に持つ様子
「泉州水なす」はみずみずしくて灰汁(あく)が少なく、皮が薄い。浅漬けをはじめ、そのまま生でも食べられるなすとして人気がある。(写真提供:北野農園)
水と暮らす編集部

水なす栽培に適した環境が整っているんですね。

北野さん

はい。さらに、水なす作りが商売として成り立つことも、水なす農家が増えた要因だと思っています。この地域には、水なすの漬物屋さんがたくさんあります。質のよい水なすを作れば、そこが高く買い取ってくれるんです。

また、今やギフトとして扱われている水なすですが、もともとは庶民の野菜で、この地域では「玉ねぎ」や「里芋」のほうが高級野菜とされていました。しかし、ある漬物屋さんが水なすを浅漬けとして全国発送し始めたことがきっかけとなり、水なすは高級野菜として全国的に有名になったのです。

水と暮らす編集部

水なすが全国に広まったのは、そのような経緯があったんですね。北野農園では、いつごろから水なす栽培を始めたのでしょうか?

北野さん

水なす栽培に力を入れ始めたのは、昭和30年前後くらいですね。当時の水なすは、今のように「泉州水なす」ではなく、「水なす」や「なすび」と呼ばれていました。さらに、「泉州水なす」というブランド名で呼ばれる前は、市場などで「水」と呼ばれていたそうです。

そもそも、この地域には「水間(みずま)」や「海塚(うみづか)」など水にまつわる地名が多く、「牛神(うしがみ)信仰」や「八大竜王(はちだいりゅうおう)信仰」など水の神様に対する土着信仰(どちゃくしんこう※2)が色濃く残っています。そこに、かつて「水」と呼ばれていた水なすの種がもともとあったことは不思議な縁やな、といつも思うんですよね。

※2 その土地に定着した信仰のこと

「昔ながらの土作り」と「水やり」にこだわり、甘くておいしい水なすを育てる

水と暮らす編集部

北野農園で栽培している水なすの特徴を教えてください。

北野さん

おもに育てているのは「泉州水なす(品種名:泉州絹皮水なす)」です。それを「ハウス加温栽培(※3)」と「ハウス無加温栽培(※4)」の2種類の方法で育てています。水なす作りへのこだわりはたくさんありますが、そのひとつが土作りです。北野農園では、代々受け継ぐ自家製の「稲わら堆肥(たいひ)※5」を水なすの土作りに使用しています。

※3 ビニールハウスで暖房をたいて育てる方法。1月ごろから順次収穫していく
※4 ビニールハウスで暖房をたかずに育てる方法。3月ごろから順次収穫していく
※5 米を栽培したときに出た「稲わら」を自然の力で発酵させた堆肥のこと。わらに付いた納豆菌や、その他さまざまな微生物の力を借りながら栽培する

ナスを育てるハウス
北野農園では「ハウス加温栽培」と「ハウス無加温栽培」の2種類の方法で水なすを栽培。(写真提供:北野農園)
水と暮らす編集部

稲わら堆肥で育てると、水なすはどうなるのでしょうか?

北野さん

甘みが増すだけではなく、根の病気にかかりづらくなります。水なすの栽培期間は半年以上ありますが、稲わら堆肥で育てれば、乳酸菌などの影響で「土の力」が持続します。その結果、北野農園で育てた水なすのほとんどは、根の病気にかかったことがありません

今では、この地域で稲わら堆肥で育てる農家が少なくなりました。それでも、北野農園では「昔ながらの土作り」を大事にしながら栽培していきたい、という思いがあります。

水と暮らす編集部

他にも、水なす栽培でこだわっていることはありますか?

北野さん

水やりの方法ですね。多くの水を必要とする水なす栽培では、水なすを田んぼに植えた後、「水やりのタイミング」と「与える水の量」が重要です。植えてからたっぷりと水をあげた後の初期生育の時期(植えてから1〜2週間)は、水やりをまったくしません。水やりをするとしても、本当に少しずつ水をあげることで、水なすが「自分からちゃんと根を張って水を取りにいかないと水をもらえないんだ」と学び、根をきちんと張ります。その後、3〜4月の暖かくなってきたころに、水の量を増やしていく。そうすることで、立派な実が育つんです。

水ナスを育てるハウスの様子
水なすは、一日でも管理を怠ってしまうと品質が変わってしまうデリケートな野菜。その日ごとの水なすの様子を見ながら、慎重に育てる必要がある。(写真提供:北野農園)
水と暮らす編集部

水やりも経験年数がないと難しそうですね。

北野さん

経験があっても、気候の変動が激しい年だと、今までの経験が無意味になってしまいます。だからこそ、「今は何を考えていて、何を思っていて、どうして欲しいのか」という“水なすの声”に耳を傾けながら、毎年水やりをしなければなりません

こうして収穫した水なすは、自宅の庭先にある「無人直売所」でも販売しています。そこに、たくさんのお客さんが買いに来てくれるのでありがたいですね。うちの水なすを食べた皆さんからは「甘くておいしいから、人にあげたいねん」という感想をよくいただきます。その言葉は、僕にとっていちばんの褒め言葉です。

泉州水なすのルーツを守りながら、「新たな水なす」を全国に届ける

水と暮らす編集部

北野農園の「売れ筋商品」を教えてください。

北野さん

いちばんの売れ筋商品は「水なすぬか漬」です。農園で朝収穫したもぎたての水なすを漬ける糠(ぬか)には、お米マイスターが厳選したお米から出た新鮮な「米糠」を使用しています。糠床特有のクセのある香りを抑えた糠なので、初めての方でも食べやすい商品です。

ぬか漬はギフト用によく選ばれる商品ですが、ご家庭用や親しいご友人への贈り物には「ワケあり生水なす」もおすすめです。傷が少し付いたり曲がったりした水なすでも、他のものとおいしさは変わりません。生のままや火を通すことで、サラダやパスタなどのいろいろな料理にお使いいただけます。「STAY HOME(自宅で過ごそう)」でおうちの中でご飯を食べる人が増えてからは、特に注力している商品ですね。

水なすぬか漬
北野農園で朝収穫したもぎたての水なすを使用した「水なすぬか漬」。(提供:北野農園)
水と暮らす編集部

北野農園では、公式ホームページやYouTubeなどで「水なすのレシピ」を公開されていますよね。

北野さん

水なすを食べる人をどんどん増やしたい」と思い、お世話になっている料理人さんや、うちで働いてくれるパートさんにレシピを考案してもらっています。

ギフトなどに用いられる水なすは「高級路線」のインパクトがあまりにも強すぎて、「他のなすと同じように使うのがもったいない」と感じる人ばかりです。でもそんなことはなくて、いろいろな食べ方ができるおいしい野菜なんです。それを伝えたくて、オリジナルの水なすレシピを公開するようになりました。

特に反響が大きかったレシピのひとつが「水なすの炊き込みごはん」。これは泉州の水なす料理研究家の方に教わった料理で、炊き込みごはんの中に水なすを入れるだけで作ることができます。ご飯と一緒に炊いても、水なすの甘みやふわっとした食感がしっかりと残るので、水なすを食べているのがわかる。しかも、水なすの水分でご飯がモチモチになるので、とてもおいしいんですよ。

水と暮らす編集部

おいしそうなアイディア料理ですね! 今後は、どんなことに注力されていきたいですか?

北野さん

泉州水なすの一種である「水の巾着(貝塚巾着水茄子)※6」を復活させたいと思い、2014年度から栽培に取り組んでいます。そもそも、泉州地域を代表する「泉州水なす」は、この地域にもともとあった「水の巾着」を品種改良したものです。水の巾着はとてもおいしいのですが、根が弱く木1本あたり50個実ったらいいところ(※7)。漬物にできるような質のよい実がなかなか実りません。栽培が難しい品種なので、他の農家さんは「もうかれへんのに、やってどうするねん」と栽培されていません

※6 江戸時代から明治時代にかけて泉州地域の浜手地区で栽培されていた、泉州水なすの一種。色は赤紫で、縦にシワがあり、横広でがま口財布のような巾着型をしている。今では市場や生産現場から完全に姿を消した
※7 他の水なすは木1本あたり約80個の実がなるのが一般的

水の巾着の苗のようす
北野農園で育てられた「水の巾着」の苗のようす。(出典:北野農園 公式サイト)
水と暮らす編集部

それでも、どうして北野農園さんは復活させようとしているんですか?

北野さん

僕は「古きよきものを大切にしながら、未来に向かって新たなものを作りたい」という考えを常にもっているからです。今の泉州水なすがあるのは、昔の方がそのもととなる種を守ってきてくれたおかげです。水なす栽培に使用するため池も、昔の方が残してくれたからこそ、今でも使えています。そのことを忘れずに、全国においしい「新たな水なす」をどんどん広げていきたい。そのために、今日も水なす作りに励んでいます。

この記事のまとめ

泉州地域で大切に育てられ、代々受け継がれてきた「水なす」。そのおいしさを次世代につなぐために、北野さんの挑戦はこれからも続きます。

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