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東大の大学院生らによる手作り科学館Exedra。手作りキットと子どもたちへの思い

2021.06.29

雨はどこから降ってくるのかな? 海の水はどうして塩辛いの? どなたにも、きっと子どものころ、ふとしたことを不思議に思った記憶があるはず。
こういった、日常の中の疑問や気づきを探るのが「科学」です。千葉県柏市柏の葉周辺には、東京大学柏キャンパスをはじめ、千葉大学柏の葉キャンパスや大学発の技術を生かしたベンチャー企業など、科学を媒介に多くの教育機関や企業が集まっています。

そんな日本の科学的知性が集結するエリアで研究に取り組んだ東京大学の大学院生たちが中心となってDIYで作り上げた施設が「手作り科学館 Exedra」です。
世界の最前線で活躍する科学者の講演や、子ども向けの実験講座など、多彩な活動を行う団体が、昨年の夏、実験キット「科学館のラボノート~ひとしずくの水~実験教材キット」を制作、販売し話題に。キットはなぜ生まれたのか。「手作り科学館 Exedra」館長の羽村太雅さんと、開発を担当した副館長の宮本千尋さんにお話をうかがいました。

トップの画像は、科学や子どもたちへの温かな愛情がにじむ「手作り科学館 Exedra」のロゴ。(写真提供:手作り科学館 Exedra)

手作り科学館Exedra近影
手作り科学館Exedra近影。その名のとおりDIYで手作りした温かみのあふれる館内。(写真提供:手作り科学館 Exedra)
水と暮らす編集部

東京大学の大学院生らからなる、ボランティアの科学コミュニケーション団体「柏の葉サイエンスエデュケーションラボ(KSEL)」(2010年6月創設)が、空きアパートをDIYし設立した「手作り科学館 Exedra」(以下、科学館)。
科学館では、これまで実験講座などを開き、お子さんなどが科学に親しむ機会を生み出してきました。その科学館から、自宅で楽しめる「科学館のラボノート~ひとしずくの水~実験教材キット」(以下、キット)がリリースされ、話題になりましたね。

宮本さん

キットは2020年8月にリリースしましたが、ご承知のとおり新型感染症(以下、コロナ)の感染拡大が続き、家族や仲間と外出することが難しかったですよね。ふだんなら、夏休みになると出張実験教室に赴くことが多いですし、2019年には館内で自主企画「ワークショップ祭り」を開催し、さまざまな実験や体験をしていただいてきました。コロナ禍であっても学びや、科学を体験する機会を失ってほしくないと思い、ご家庭でできるキットを作ろうと思いました。

水と暮らす編集部

最初から水をテーマに作ろうと思ったのですか?

宮本さん

これまでイベントなどを行ったなかで、評判の良かった講座や体験をいくつか候補に挙げました。そのなかに、「水」をテーマにしたシリーズ講座もありました。実験するにあたっては、ご家庭で安全にできることが大前提。火を扱ったり、特別な器具や薬剤を使ったりするものを除外すると、おのずと「水」が扱いやすいとスタッフの意見が一致しました。

水と暮らす編集部

ご家庭で実験していただくために、他にはどのような工夫を?

宮本さん

ただ実験をやって終わりでは、実験の意義や実験することの本来のおもしろさが十分に伝わらないと考え、実験手順を詳細に説明する冊子「ラボノート」を作りました。手順に従って実験を進める過程で起きた変化や、実験した結果や感想など、自ら気づいたことや考えたことを書き込むことで学びが深まると思ったからです。

身近な「水」。科学的には非常識な存在!?

水と暮らす編集部

小さいお子さんにもわかるように、言葉で伝えるのは難しかったのでは?

宮本さん

学年別にノートの使い方を変えられるよう工夫しました。小学校低学年は、実験して体感してもらうのが中心なので、ガイドブック代わりに使ってもらう。高学年になると、自分なりの気づきなどを書き込むことができるので、より実験の理解度を深めてもらう実験ノートになる。中学生になると、実験などから生まれた疑問や気づきをもとに別のことも調べる入り口としてもらえたら……というように。また、講座では「最新の研究ではこう考えられているよ」と、興味をもってもらえるようなこぼれ話をしていたので、その代わりになるコラムにも注力しました。

実験キットの画像
実験キットは、スポイトやメスシリンダーなどの実験器具を用いて水を科学的に知ることができるよう作られている。(写真提供:手作り科学館 Exedra)
水と暮らす編集部

冊子の中に想いや工夫がぎゅっと詰まっているのですね。

宮本さん

そういっていただけるとうれしいです。水は意外と常識外れの物質で、科学的に見ると非常に興味深い。たとえば、コップに水と氷を入れると、氷が浮かびますよね。でも、同じ物質が液体と固体で一緒に存在する場合、固体が沈むのが一般的です。蛇口をひねればすぐに出てくる、非常に身近な物質なのに、いまだに解明されていないことも。冊子のコラムにも取り上げましたが、「ムペンバ効果」(※)と呼ばれる現象もそのひとつ。熱いお湯と冷たい水を冷凍庫に入れると、どちらが先に凍ると思われますか?

※ムペンバ効果とは、特定の状況下ならば高温の水の方が低温の水よりも短時間で凍ることがあるという物理学上の主張

水と暮らす編集部

常識的に考えれば、冷たい水が先に固まるのではないかと…。

宮本さん

そう思いますよね(笑)。ですが、お湯が先に凍ることがあり、その現象を見つけた人の名を取って、「ムペンバ効果」と呼ばれています。何が原因か、どんな条件で凍るのかがまだ解明されていないことも多く、研究の最前線でもあるのです。また、キットにはスポイトやメスシリンダーも含まれます。ふだん、理科室などで見る器具がお家にあるとワクワクするはず。いろんな方向から楽しくなるよう工夫して、科学のおもしろさにふれてほしいと思いながら作りました。

水と暮らす編集部

熱意が伝わってきます。キット制作に困難はありませんでしたか?

羽村さん

一番、苦労したのはやはりコスト面ですね。ワークショップなどでは、大人数で機材を使い回せるのでコストを抑えられます。ですが、各家庭に送るとなるとそうはいきません。制作費を安価に抑えながら、研究の現場でも使われている本格的な器具を入れつつ、繰り返し実験してもらえる耐久性や、商品である以上見栄えの良さも考慮しながら、魅力のあるキットを作ることに腐心しました。

水と暮らす編集部

運営側にとって、コスト管理は悩ましい部分ですね。ところで、このキットの「ひとしずくの水」というネーミングがとてもすてきだなと。どなたの発案ですか?

羽村さん

美しい写真で水について学べる知識絵本『ひとしずくの水』(ウォルター・ウィック)がもとになっています(※)。絵本の魅力を伝えながら、キットにうまく落とし込めないかをスタッフみんなであれこれ議論しましたよね。

宮本さん

はい。絵本では水が見せるさまざまな姿や水が起こす現象をいくつも紹介しています。写真のため視覚的に訴えやすく直感的に理解しやすい。写真にある美しい現象を引き起こす水の性質を、実験したときに感じてもらうため、基本的な現象や結果が出やすいものを選びました。また、実験中、どのタイミングでどこを見るといいかなど、注目するポイントもできるだけ詳しく冊子に盛り込んだつもりです。もし、初めて科学の実験に興味をもって購入してくれても、実験に不慣れだったために「やったはいいけど、よくわからなかった」という結果になってしまってはもったいないですから。

※あすなろ書房 「ひとしずくの水」
http://www.asunaroshobo.co.jp/home/search/info.php?isbn=9784751515655

科学は特別でなく誰もがワクワクできるもの

水と暮らす編集部

キットを使ったお子さんたちからはどんな反応が?

宮本さん

ご家庭でのリアクションを直接見ることは難しいですが、購入してくださった保護者の方々からは、子どもたちがとても楽しんで実験していたとか、条件を変えながら何度も繰り返し試していた、など、うれしい反響が寄せられています。また、今は科学館の館内でも体験できるようになっています。低学年のお子さんでも操作は難しくなく、楽しそうに、また不思議そうに実験する姿を見ると、「制作して良かった」と感じます。

羽村さん

驚いたり感心したりするのは、お子さんだけではないようです。親子で実験すると、よく親御さんも「知らなかったよ」と驚かれていて。親子で楽しみながら、改めて水について気づいたり考えたり、楽しい会話のきっかけにしていただけるのは「科学コミュニケーション団体」としてうれしい限りです。

水と暮らす編集部

宮本さんご自身はキットを考案する中で、「水」についての認識は変わりましたか?

宮本さん

ええ。コラムを執筆する際に最新の研究を調べていました。もともと私の専門がPM2.5 などのエアロゾルに関するもので、環境とは切っても切れない研究です。水という環境に不可欠な物質が、自宅や研究室だけではなく地球規模で我々の生活にどう影響しているのかを改めて知ることで、実験室で見られる現象は、地球全体の大きなスケールでも起きているのだと実感でき、改めておもしろいなと感じました。

羽村さん

確かにそうですね。水はとても身近で、昔から科学や学びの対象でした。ですから、なんとなく知っているつもりでしたが、人に説明するために改めて学び、「水」を見直す機会になりました。

実験イメージ画像
キットを用いれば、スポイトを使って水を観察する実験をはじめ、複数の実験が繰り返しできる。(写真提供:手作り科学館 Exedra)
水と暮らす編集部

このご時世、ご家庭で科学実験ができることはとても有意義だなと思います。

宮本さん

ありがとうございます。科学って特別なものと思われがちですが、とても身近なもので、科学的な現象は日常のなかでたくさん起きている。実験を通してそれを体感していただき、子どもたちに「科学っておもしろいな」と興味をもってもらえたらと願っています。

子どもたちや地域社会と科学者をつなぐハブになりたい

水と暮らす編集部

視点を変えると、いろんなことでも探求する対象になると。みなさん科学者としてご多忙ななか、運営を続けていらっしゃいます。その原動力は何でしょうか?

宮本さん

実験結果に驚いたり、解説に興味をもつ姿を目の当たりにしたりすると「この活動を続けていて良かった」と思います。もともと科学に興味のある親子などが来場してくださることが多いのですが、さらに関心をもって帰って、後日「もっと調べたよ」と報告しに来てくれる子も。ここでの体験や交流をきっかけに、家などでも科学的な視点で考えてくれる時間が生まれていることを知ると、次の一歩につながっていると実感してとてもやりがいを感じますね。

羽村さん

科学館は2018年1月に産声を上げましたが、その母体ともいうべき「柏の葉サイエンスエデュケーションラボ(KSEL)」は活動を始めて11年以上がたちました。かつて参加してくださったお子さんが成長する過程で、僕らの出会いや活動が何らかの影響を与えたのかなと感じられる瞬間があるのです。たとえば、新体操で選抜選手になるほどの子が、我々の用意したイベントでの体験に刺激を受け、「科学の道を選ぶことを決意したよ」と報告に来てくれたこともありました。リップサービスかもしれませんが(笑)、人生に関わるような活動なのかなと思うと感慨深いです。

ワークショップの様子
ワークショップでは、科学のおもしろさに引きつけられて大人も子どもも真剣そのもの。(写真提供:手作り科学館 Exedra)
水と暮らす編集部

それだけ誠実に地域の方々と向き合い、科学で貢献してきたのでしょうね。

羽村さん

そうありたいですね。活動が長くなるに従い、いろんなシーンで頼ってもらえる機会が増えたこともうれしいなと感じます。ここ最近は、コロナ禍で修学旅行などのイベントが難しくなっており、「その代わりになる企画を考えているが、せっかくなら科学的な学びを取り入れたいので力を貸してほしい」と各所から相談をいただくようになりました。僕らの活動が裾野を広げていくことで、科学や学びを取り入れた街づくりにもつながっていくのではないかと期待しています。そのためにも、いただいた信頼を崩さぬよう、これからもがんばらなければいけないなと背筋をのばしています。今が踏ん張りどころです。

水と暮らす編集部

希望の光として、これからも地域を照らし続けてほしいです。今先が見通しにくい状況ですが、この先に挑戦したいことは?

羽村さん

いっぱいありすぎて困ります(笑)。近い目標としては、「ラボノート」をシリーズ化させたいです。「科学館のラボノート ~野生生物つかまえた! つくる!レザーブレスレット〜」のリリースも7月9日に決まり、さらに、第3、第4弾と開発を続けたいと思っています。

宮本さん

第2弾は害獣として駆除された動物の皮革を用いた「レザークラフトの体験付きキット」です。獣害は全国で深刻な問題となっており、この取り組みは近ごろよく耳にするSDGsとも関連性があります。ですから、冊子にはSDGs(エスディージーズ)に関するコラムも掲載する予定です。

水と暮らす編集部

SDGsは今、とても注目されていますから、このキットも話題になりそうですね。では、最後に中長期的な目標を教えていただけますか?

羽村さん

中期的な目標は、「専門家集団であり続ける」ことです。博物館や科学館はもともと研究施設としての一面もあるので、これはとても大事です。さらには、自分たちの研究成果を発表し、社会に還元する仕組みを改めて構築したいと考えています。今は草の根の活動ですが、長期的には、もっと規模を社会全体に広げたい。誰もが学ぶべき教養として科学が今以上に広く認知されれば、多様な研究への理解も得られやすくなり資金援助などもスムーズになると思うのです。そういう機運を高めるために、僕らの活動が寄与できることはまだまだあると思っています。

まとめ

地域や教育に科学を用いて貢献するため、より良い研究をしさらに発信力を強めていきたいという「手作り科学館 Exedra」。さらなる活動に期待したいものです。

団体のプロフィール、オンラインショップ等の告知など

科学館の活動に賛同する人は、「会員」となって活動をサポートすることもできる。
現在、オンラインで実験キットをはじめ、科学に関する書籍から、かわいいオリジナルグッズなどの販売も行っている。

手作り科学館Exedra
〒277-0842
千葉県柏市末広町9-6 柏嶋屋荘

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