兵庫を代表する江井ヶ嶋酒造のウイスキーや清酒造りに欠かせない水とは
兵庫県明石市の江井島(えいがしま)にある江井ヶ嶋酒造(えいがしましゅぞう)は清酒をはじめ、焼酎やみりんのほか、ウイスキー、ワイン、ブランデーなどの洋酒も手がける酒造会社です。特に最近は、「シングルモルトあかし」などのウイスキーに注目が。
使用している六甲の水の特徴について、またウイスキーのおいしさの秘けつや伝統の味を守るための取り組みまでを清酒の杜氏(とうじ)であり、ウイスキー部門の蒸留所長でもある中村裕司(なかむら ゆうじ)さんにお話をうかがいました。
トップの画像は蒸溜所。(写真提供:江井ヶ嶋酒造)
日本酒からウイスキーまで手がける江井ヶ嶋酒造
- 水と暮らす編集部
-
中村さんは日本酒の杜氏であり、ウイスキー部門の蒸留所長でもあるとのことですが、それは、比較的めずらしい立場ですよね?
- 中村さん
-
5年前に江井ヶ嶋酒造へ来る前までは、ウイスキー造りの経験はなかったのですが、ここでは歴代兼任されるということで、両方の責任者をしています。
夏に雑菌が入りやすくなる日本酒は、冬に造るものです。ですので、夏に長い休みを取ったり、半期雇用されたりする方も多いのです。もしくは夏の間は、焼酎や他のお酒を造ることになります。江井ヶ嶋酒造は全員が正社員雇用されており、冬は日本酒を造りますが、夏はウイスキー造りをしています。
以前は日本酒を半年、焼酎3ヶ月、ウイスキー3ヶ月というような割合で造っていましたが、現在はウイスキーが一番売れて需要があるので、ウイスキーをおもに8ヶ月かけて造っているような状況ですね。
- 水と暮らす編集部
-
江井ヶ嶋酒造は、100年以上の伝統を誇る酒造会社ですが、日本酒造りとウイスキー造りの両方を手がけていらっしゃるのがそもそも珍しいですよね?
- 中村さん
-
そうですね、非常に珍しいと思います。では成り立ちから簡単にご紹介しますね。
明石の西の江井島というところにあり、会社の名前はこの地名からとっています。古くから水質が良い地域であったようです。西灘と呼ばれ、酒蔵も多い地域ですね。播磨の冷たい風が吹き、酒造りには適した気候で、お米もよくとれました。
また、港が近い場所です。昔は、陸路を使って運搬するのが困難でしたから、水路が流通のメインでした。産業自体が海や川に近い場所で営まれて発展していた時代のことです。
近隣に27軒の造り酒屋があったようですが、当時の、土地の有力者である卜部家の次男、ト部兵吉(うらべひょうきち)が、5社集めて江井ヶ嶋酒造株式会社を設立したのが始まりです。ほかにも、小学校を建てたり、郵便局を誘致したりと地域発展に貢献したようです。
いろいろと広く手がけてみようという探究心のある人で、この精神を受け継いで販路拡大しようと、焼酎やみりん、さらにワインとウイスキー製造に乗り出しました。
ウイスキーは、最初は輸入したものをびん詰めして販売していたようですが、製造も視野に入れて、サントリーさんに先駆けて、1919年には免許も取得しているほどです。そのときに試験醸造でもしていたら、日本で最初のウイスキー造りをした会社になれていたかもしれませんね。
- 水と暮らす編集部
-
兵庫県内で最初に造られたウイスキーの醸造所ですものね。ウイスキー造りには寒冷な気候が必須といわれることもあるようですが、どうして始められたのでしょうか。
- 中村さん
-
海外から輸入したお酒を自分たちでも造ってみて、販路を拡大しようという目的で始めたのではないでしょうか。当時はウイスキー造りに適した土地かどうかより、「まずちょっとやってみようか」というような感じだったと想像します。
そもそも、ウイスキー造りに適した土地という明確な定義がないと思いますね。日本では「スコッチ・ウイスキー」、つまり発祥地のスコットランドと気候が似た北海道の余市でスコッチ・ウイスキーが造られていることで、ウイスキー造りには寒冷な気候が必要だと思う方が多いのかもしれません。
しかし、江井ヶ嶋酒造ではバーボン樽も使います。バーボン・ウイスキーはもともと寒暖差が激しいアメリカ・ケンタッキー州で造られていますので、寒冷な気候が必要とはいえませんよね。
バーボン・ウイスキーかスコッチ・ウイスキーに優劣はつけられないですし、どちらが好きかというのは、嗜好の問題ですよね。ですから、ウイスキー造りに適した気候を決めるのは難しいのではないかと思いますよ。
ウイスキー造りと水の関係は?
- 水と暮らす編集部
-
ウイスキー造りでは水質がかなり重要かと思いますが、どのように使われているのか教えてください。
- 中村さん
-
硬水でも軟水でも日本酒もウイスキーも造れるので、どんな水が最適な水かというと答えが出ません。酒蔵は水のきれいなところにあるといわれることもあるようですが、調べてみると旧街道沿いにあるところが多いのです。昔は、水はどこもきれいだったのですよ。庄屋がお米を集めて余った米でお酒を造っていたのですよね。酒蔵というのは、どちらかというとその土地で財力がある人が建てるものだったのです。
昭和になってから蔵を探すときは水がきれいなところを探したというのはあると思います。昔は配管も悪くて、水道水の水質が良くないころや地域もあったかと思います。ただし、今は塩素もたくさん入れているわけでもないし、現在の水道水はどこもすばらしいので、コストを考えなければ水道水でもおいしいお酒は造れるかと思います。公開していないけれど、水道水を使っているところも多いと思いますよ。一番安心ですし、日本の水道水はすごいのです。
また、ウイスキーのような蒸留酒は水の影響が比較的少ないですね。
- 水と暮らす編集部
-
そうなのですね!
- 中村さん
-
例えば硬水を使うと、アルコールの発酵力が強くなり、アルコール度数の高いお酒ができます。一般的に、昭和のお酒は質があまり関係なくて、アルコールが強いのが良いお酒でした。アルコール度数の高い原酒が造れれば、その後割り水をして度数を調整する認識だったのです。ただし、硬水で発酵力が強くなるのは良いのですが、雑味が出やすくなるという点があります。
- 水と暮らす編集部
-
六甲山系の花崗岩(かこうがん)と海岸の貝殻層を通って湧き出る地下水に恵まれているそうですが、こちらの水の特徴や味はどうでしょうか。
- 中村さん
-
100mほど掘った地下水を使っています。深く掘れば比較的硬水の地域でも、軟水の水がくめます。日本の浄水器メーカーは優秀ですし、発達していますよね。弊社も仕込み水は浄水器を通しています。仕込み水にカリウムを少し足して調整し、発酵を促すなどすることが多いですね。
- 水と暮らす編集部
-
ウイスキーのほかに清酒でも地下水を使用されていますが、だいたいどれくらいの水量を利用されているでしょうか。
- 中村さん
-
ウイスキーは、あらゆるお酒の中でも、多く水を使用するのではないでしょうか。蒸留した後、冷やすためにも大量の水を使用します。1日に20万L使うので、水道水ではまかないきれないので、掘った井戸水を使うのです。しかし、天然の地下水や湧き水も、すぐ飲む場合や家庭でコーヒーをいれて飲むのならいいと思いますが、日にちがたった生水は衛生的とはいえませんよね。
また、雨などによっても地下水の量や質が安定しないので、大きなタンクに貯水しておく必要があります。そのため、塩素は入れて炭素フィルターも通します。安全なのはそういう水ですし、地下水をそのまま使うと機械が壊れることもありますよ。
年々評価が高まる日本製ウイスキーの魅力
- 水と暮らす編集部
-
中村さんがおすすめするウイスキーを教えてください。
- 中村さん
-
日本酒もウイスキーも嗜好品なので、好みがあるとは思います。日本酒は搾るまでが勝負、ウイスキーは蒸留してからが勝負みたいなところがありますね。味と価格は熟成年数、つまり寝かす年数に比例しますし、味は樽が決めるともいえます。
ジャパニーズウイスキーは今、海外でも非常に評価が高いのです。国産のおいしいウイスキーをシングルモルトでぜひ飲んでみてほしいですね。500mlサイズにして買いやすくしていますよ。
- 水と暮らす編集部
-
日本酒のおすすめはいかがでしょうか?
- 中村さん
-
日本酒は米の値段で価格が変わってきます。香りが高くひと口目が「すごい」と思う大吟醸は贈り物に良いと思いますが、家庭で料理を楽しみながら飲むには、純米酒や純米吟醸でも十分おいしいですよ。毎日飲んでも飽きず、料理にも合わせやすいお酒もたくさんあります。
「神鷹 純米酒 水酛(みずもと)仕込み」などがお燗(かん)に向いていますね。飲みやすくておいしいので、ぜひ気軽に楽しんでくださいね。
- 水と暮らす編集部
-
中村さん、ありがとうございました!