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アルプスの雪解け水を酒造りに。米発酵文化を継承する酒造・仙醸の取り組み

2021.06.09

1866年(慶応2年)に創業し、155年以上も信州・伊那谷で日本酒をはじめとしたさまざまなお酒造りを続ける「仙醸(せんじょう)」。長野県南部の南アルプスを源流とする伏流水をくみ上げて酒造用水として使用しているそう。

この地下水の魅力と米発酵にこだわるさまざまな取り組みについて、6代目である株式会社仙醸代表取締役、黒河内 貴(くろごうち たかし)さんにお話をうかがいました。

トップの画像は仙醸の酒。(写真提供:仙醸)

水と暮らす編集部

150年以上の歴史をおもちですが、御社の成り立ちと今の取り組みについて最初に教えてください。

黒河内さん

当社は長野県の南、南アルプスと中央アルプスに挟まれた伊那谷(いなだに)という盆地にあります。城下町、高遠(たかとお)という、今では桜の名所として知られる地で創業しました。

貯酒庫
貯酒庫。(写真提供:仙醸)
水と暮らす編集部

仙醸さんでは酒造りにどのような水を使っているのでしょうか。

黒河内さん

城下町の高遠町、西高遠で酒造りをしていた創業時からしばらくは、近くにある醤油屋さんと味噌屋さんと3軒共同で山の方から配管した水を使っていました。

1984年に精米や醸造を行う新工場を現在の上山田に建設しました。当時、日本酒が飛ぶように売れていた時期のことです。城下町の酒蔵では手狭になり、よりたくさんのお酒が造れるように広い場所を探しました。日本酒造りは水を大量に必要としますから、水が豊富なところというのも条件のひとつでした。

そこで見つけたのが、城下町から5kmほど離れた現在の工場がある上山田の土地です。田んぼの中にポツンとあるような場所ですが、敷地内の地下60mから地下水をくみ上げて使っています。南アルプスを源流とする天竜川の支流、三峰川の伏流水ですが、南アルプスの雪解け水は1年を通じて豊富ですね。

この地域は降水量が少ないのですが、雪解け水があるので、年間を通じて水が不足しないのです。

水と暮らす編集部

以前の城下町で使っていた水と現在の水ではどのような違いがありますか?

黒河内さん

いずれも南アルプスの伏流水ですが、場所が違うことによって、水の質も違いますね。城下町で使っていた水は、ミネラルが少ないやわらかい水でした。

今の水は、カルシウムなどのミネラルが豊富で、スッキリしたキレのよい味わいの水です。ただし、どちらの水がより良い水ということではありません。技術でその水に合った酒造りが可能ですし。

水と暮らす編集部

それぞれ、日本酒造りにはどういった点で合う水なのでしょうか?

黒河内さん

城下町で使っていた水はやわらかいのですが、甘口のお酒を造ると後味もやわらかくなるので、まったりしすぎてしまうこともあります。

一方で辛口のお酒を造ると、水本来のやわらかさがちょうどよく緩和してくれて、おいしく飲めるのです。

今使っているミネラルが多めの水は、いろんな種類の水に合いますが、どちらかというと甘口のお酒を作ったときに良さが出ますね。甘いだけじゃない日本酒に仕上がり、甘ったるさのようなものを適度に切り捨ててくれます。

最近は、甘口で酸味も感じられる日本酒の方が料理にも合わせやすくて人気もありますから、良かったですね。

水と暮らす編集部

今の水のおいしさが感じられるおすすめの日本酒はありますか?

黒河内さん

仙醸の“試作品”という意味で名付けた「黒松仙醸(くろまつせんじょう) 純米大吟醸 プロトタイプ」はすごく甘いですが適度な酸味とミネラル感があり、しつこくなくてやわらかい後味です。ここの水のおいしさがよく合っているお酒だと思いますよ。

黒松仙醸 純米大吟醸 プロトタイプ
豊かな香りと、果実のように深く透明感のある甘みが特徴の「黒松仙醸 純米大吟醸 プロトタイプ」720m/1,815円(税込)。(写真提供:仙醸)
水と暮らす編集部

“プロトタイプ”は、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2020」の「プレミアム大吟醸部門」で金賞を受賞されているのですね。「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2021」の「プレミアム純米部門」で金賞を受賞されている「黒松仙醸 純米吟醸 金紋錦」も気になります。

黒河内さん

「黒松仙醸」が当社の代表銘柄で、長野県産の酒米「金紋錦」を50%まで精米した純米吟醸酒ですが、以前NHK『クローズアップ現代+』でドンペリの巨匠として知られるリシャール・ジェフロワさんが飲んで「気に入りました」とのコメントが放送されたこともあるお酒です。

黒松仙醸 純米吟醸 金紋錦
上品なうま味と軽快さ、豊かな香りが楽しめる「黒松仙醸 純米吟醸 金紋錦」720ml/1,760円(税込)。(写真提供:仙醸)

近年は米の発酵文化に注目し、米焼酎も製造

水と暮らす編集部

日本酒以外にも同じ敷地内で米焼酎も醸造されていますが、日本酒の蔵が焼酎も醸すのは比較的珍しいかと思います。どのような背景で焼酎が誕生したのですか?

黒河内さん

先代の5代目までは、ずっと日本酒の製造中心でやってきましたが、1990年代からは、景気の影響もあり、日本酒の消費量が減少。以前に比べると日本酒が飲まれなくなってきました。そこで他の商品開発も手がけるようにしたのです。

日本酒造りに欠かせないのは米と水ですが、長野は、もともと日本酒造りに欠かせない質の良い「酒米(さかまい)」の名産地です。酒米の評価基準である「一等米」比率が90%を超えていて、全国トップクラス。

特に、仙醸の蔵がある上伊那(かみいな)は、酒米の有数の産地です。南アルプスと中央アルプスに囲まれて台風の被害が少ないので、稲穂の背が高く、倒れやすい酒米には有利な環境です。また、降水量が少なくじめじめしないため病害虫が発生しにくく、農薬の使用量を減らせ、酒米が順調に育つ環境が整っています。さらに、標高が700〜600mと高く内陸性気候で昼夜の温度差が大きいので、稲の光合成により作られるでんぷん質が夜間に消費されにくいため、良い酒米の条件である、粒の大きいお米ができるのです。

自社で精米したお米
酒の質を左右する精米工程を外部委託する蔵元も多いなか、仙醸では自社でおこなっている。(写真提供:仙醸)
黒河内さん

この酒米の良さを生かし、日本酒だけではない米の発酵文化を継承していこうと、米焼酎など米発酵食品を多く手がけるようになりました。

長野県産米「ひとごこち」を100%使用した純米酒を上槽し、蒸留した本格米焼酎「25度 仙醸本格米焼酎 高遠」 720ml /1,485円 (税込)。(写真提供:仙醸)
水と暮らす編集部

そうだったのですね! ちなみに焼酎にも、水のおいしさは反映されますか?

黒河内さん

焼酎は日本酒より糖分が少なくて、成分の多くが水ですから、より水の影響が強く出るかもしれませんね。

どぶろくや甘酒など多岐に展開し、挑戦を続ける

水と暮らす編集部

どぶろくや甘酒、梅酒などさまざまな商品があるのですね。

黒河内さん

日本酒は、定義が明確に決まっているので差別化しにくく、新しい切り口の商品を提案しにくいという背景もありますね。焼酎ブームも続いていますが、甘酒も数年前にブームがあり、かなり売れました。

また、日本酒だけではない、という方向のターニングポイントとなったのはどぶろくですね。20万本以上と、インターネット販売では一番売れています。また、最近はジンが世界的なブームですが、ジン造りも始めています。

黒松仙醸 どぶろく
甘くて栄養たっぷり、アルコール度数6%と飲みやすいどぶろく。「黒松仙醸 どぶろく」 600ml /1,430円(税込)。(写真提供:仙醸)
水と暮らす編集部

純水を使用し、直接食品に噴霧できるアルコール製剤も出されているとか。

黒河内さん

2020年に、日本中でアルコール消毒剤が不足していたときに製造しました。ジンを製造していたこともあり、日本酒以外にも、スピリッツ(ジン)の酒造免許を取得していたので、国内でもかなり早いタイミングで商品化できました。

アルコール77%の高濃度エタノール製品「アルカス77」と植物由来アルコールの除菌スプレー「家族想い」の2種類を販売しています。ジェルタイプのものと比べてベタベタせず、余分なものが入っていないということもあり、リピーターの方も多いですね。

水と暮らす編集部

ありがとうございました!